「馬鹿の一つ覚えですが、寄り添って一緒にもがきたい。少しでも楽になるなら」と言う寅子が航一の背中をさする。心の近さが確かに可視化されている場面だが、でもまだ足りない。
航一が不意に聞く。「佐田さん、今度の休日は何を?」。虎子が「特に予定は」と答えると、「ではお会いしに行っても?」と航一が再度たずねる。寅子はあろうことか、「えっ、何をしに?」と野暮に聞き返してしまう。
こりゃ先が思いやられる。雪景色という絶好のシチュエーションを得てもキスまでには他にも段取りが必要なのだ。
◆つるつるすべる廊下というシチュエーション
段取りというより、お膳立てといった方が正確かな。寅子は戦病死した夫・佐田優三(仲野太賀)以外の相手を愛してはいけないと思っている。この切実な気持ちに対して航一も切実にアプローチするしかない。
判事の執務室。「すべてに蓋をして生きてきました」と語る航一は、「でもあなたといると、つい蓋が外れてしまう」と寅子に伝える。寅子のほうだって、航一に「胸が高鳴る」し、会いたいと思っている。すでに二人は強く結び付いているわけだが、もっと踏み込むためのきっかけはどう作ったらいいのか?
キスシーンとは、いつでも偶発的な出来事として描かれる。変に予定調和であってはいけない。ならば、執務室からの帰り、咄嗟にどちらかを思いきり廊下で転ばせたらいい。それくらいの突拍子のなさをきっかにしてこそ、二人の物理的距離はぐっと近づくはず。
このつるつるすべる廊下というシチュエーションを設定することで、お膳立ては完璧である。航一はこの廊下をどてんとかなり大胆にスッ転ぶ。寅子が手を貸し、そのままお互いの手を握り合う。十分近付いた。射程距離内。さぁ、航一、行けぇ(!)。
少し気恥ずかしそうにそれぞれ下を見ながらも、一応向き合う姿勢になっている。一度手を離してから抱き合う。ツーショットになると身長差が強調される。ここはひとまず航一がリード。膝をきゅっきゅっと曲げて高さを調節する。寅子の唇に狙いを定めようとするが、彼女は笑いをこらえている。唇と唇が重なる。あぁ、これでやっと距離がゼロ。