急いで帰ってきた結が、最寄駅で自転車に乗ろうとする。そこへここぞとばかりに陽太が登場する。眼帯をした陽太が低い声で「俺に任せり」と結にいう。何をするかと思えば、玄関で待ち構えていた聖人に自分たちは実は付き合っていてとでっち上げる。
これはアシストなのか。でもここまで特別目立っていたわけでもない菅生新樹がこの場面でピカッときらめく。
◆上手から下手への移動
何がどうきらめいたか。その背中である。結が最寄駅に到着してすぐ、同じ電車に乗っていた陽太はあとを追ってきた。そのとき、改札を出て自転車置場まで移動する陽太をカメラがフォローしてワンショットで丸ごと写している。
上手(改札)から下手(自転車置場)への移動中、がっしりと分厚い背中がとても印象的である。この背中なら、「俺に任せり」といわれても確かに頼りがいがあるように感じるかもしれない。
筆者は菅生新樹の演技をそれほど熱心に見つめてきたわけではないが、ひとまず彼の俳優としての特性は上手から下手への移動中に発揮され、なおかつその背中が十分な存在感を担保しているらしいことはわかった。
◆画面には写らないものが写る魅力
菅生のドラマ初出演作は『初恋の悪魔』(日本テレビ、2022年)だった。伊藤英明演じる警察署長の息子役として第8話ラストで登場する。同作での初登場場面を見ると、署長が帰ってきたところへ家から出てきて上手から下手まで移動する芝居がやっぱりある。カットが替わわる寸前で背中もちゃんと写る。
画面右から左への演出上の単純な動線移動だが、派手でもなんでもない初登場場面での動きがシンプルだからこそ、あぁこんな新人俳優が出てきたんだなと、視聴者への顔見せとしては申し分ない。仮にその時点で、彼が菅田将暉を実の兄にもつという、画面外の情報を知らなくても一向に構わない。
一方で菅生にはどうも画面の外というか、本来画面には写らないはずのものが写る魅力があるようにも思う。別に怖い話をしようとしているわけではない。『おむすび』にしろ『初恋の悪魔』にしろ、単純な動線移動中の菅生からは、不思議と本人の温かい人柄が画面上に写っているように感じてしまうのである(実際に会ったわけでもないのだから、本人の人柄が温かいかどうかなんてわからないのに!)。