寄らば大樹の陰と「若木の下で笠を脱げ」は意味が違う?
ことわざとは、由来となっている古い書物の表現を平易にすることで、類似したバリエーションが生まれることがあります。
「寄らば大樹の陰」のバリエーションといえば「立ち寄らば大木の陰」や「大木の下で笠を脱げ」などがありますが、どれも『樹木』+『集合・休息』という作りであることに変わりはありません。
すると「若木の下で笠を脱げ」ということわざも同じ意味なのでしょうか?
「若木の下で笠を脱げ(わかきのしたでかさをぬげ)」とは、若木であっても大木に成長するかもしれないので、若い人が相手でも礼を尽くすべきだという意味です。
強い権力の庇護を受けると良いと説く「寄らば大樹の陰」とはまったく違う意味で、大切にするべきとする相手はむしろ正反対なので、使い方を間違えないようにしたいですね。
寄らば大樹の陰の反対語は?対義語は?
どんなことわざでも、大抵は反対の意味を成す対義語が存在します。
もちろん「寄らば大樹の陰」にも対義語が存在するため、ボキャブラリーを追加する意味でも確認しておきましょう。
寄らば大樹の陰の反対語①鶏口となるも牛後となるなかれ
中国の『史記』に登場する格言として「鶏口となるも牛後となるなかれ」という言葉があります。
「けいこうとなるもぎゅうごとなるなかれ」と読みます。
中国の格言がルーツなので四字熟語『鶏口牛後』というものがありますが、これを日本語に訳したものが「鶏口となるも牛後となるなかれ」です。
『鶏口』とはニワトリの口ばしのこと、『牛後』とは牛のお尻を指していて、転じて次のような意味を指しています。
・鶏口=小さな集団の長・トップ
・牛後=大きな集団に付き従う者
すると「鶏口となるも牛後となるなかれ」とは、大きな集団に入って人に使われる者になるくらいなら、小さな集団であってもトップになるべきだという教訓を示していることになります。
これは、ルーツである史記を読み解くとよくわかります。
『鶏口牛後』とは、戦国時代の有名な軍師であった蘇秦が6国の長たちに対して「大国である秦に付き従うのではなく、独立国として戦うべきだ」と説いたというエピソードで登場する格言です。
強い組織に属することを勧める「寄らば大樹の陰」とは違い、強い組織で守られるよりも小さな組織でトップを貫く強靭さが必要だと説いているのです。
こうして意味を読み解くと「寄らば大樹の陰」は大企業で生き抜くビジネスマン、「鶏口となるも牛後となるなかれ」は中小のベンチャー企業で活躍するビジネスマンの姿を映しているようですね。
「鶏口となるも牛後となるなかれ」の間違いやすい例として『鶏口』を『鶏頭』と、『牛後』を『牛尾』と誤ってしまうことがあるので要注意です。
寄らば大樹の陰の反対語②鯛の尾より鰯の頭
「鶏口となるも牛後となるなかれ」と同じ理屈のことわざが「鯛の尾より鰯の頭」です。
「たいのおよりいわしのあたま」と読みます。
高級魚である鯛も、尾ひれの部分は食べられません。
安価ないわしなら、栄養価が高い頭の部分が容易に手に入ります。
転じて「大きな組織の尾ひれよりも小さな組織の頭を張れ」という意味になり、これも「寄らば大樹の陰」とは反対の意味を説いています。
寄らば大樹の陰の反対語③芋頭でも頭は頭
少し見方を変えたことわざで「芋頭でも頭は頭」というものがあります。
「いもがしらでもかしらはかしら」と読みます。
『芋頭』とは、サトイモの種芋・親芋のこと。
サトイモは一つの種芋からたくさんの子芋が増えて収穫できる野菜ですから、たかが一つの種芋であっても立派なリーダーなのです。
転じて「小さな集団の中でもリーダーはリーダーなのだから、リーダーとしての自覚を持って行動するべき」と説いています。
『芋』なんて少しダサい語感のことわざですが「小さな集団のリーダーであっても気高く責任を貫け」という意味を持つ力強いことわざなんですね。