もしも親の介護をすることになったら? 仕事や生活への不安は尽きません。介護離職について悩んでいても、どこに頼ればいいのかわからないことも多々あります。そこで、介護しながら働く当事者たちや、介護者支援の専門家にインタビュー。自分の人生を守りながら介護を続けていくために、心掛けたいことや、いまからできる準備を探ります。
「いつか親の介護が必要になったとき、自分の仕事や生活はどうすればいいの?」
――DRESS世代から聞こえてきた、不安の声です。
ワーク&ケアバランス研究所 代表取締役の和氣美枝さんは「介護者の不幸は、選択肢が見えなくなること」だと指摘します。突然はじまる介護に飲み込まれ、さまざまな選択肢が目に入らなくなって、仕事を辞めたり自分の人生を犠牲にしすぎたりする人が少なくないのです。
介護によって自分の仕事を見つめ直したという、3人の当事者から話を聞きました。
■片道3時間の遠距離介護。職場の慰留で辞めずに済んだ
高尾翠さん(54歳)さんは40代なかばで、がんの母の介護を経験しました。横浜に住み、東京の会社に勤めながら、週末は宇都宮の実家へ。約3年8カ月の介護期間中、100回弱は行き来したといいます。
翠さんは出版社の流通部門に所属しながら、別の新規プロジェクトでもリーダーを務めていました。つまり、社内でも二足の草鞋を履いた状態。指示や決裁をする立場なので、出社しないわけにはいきません。けれど介護が加わって、うまく対応できない場面も多くありました。
「遠距離介護と仕事を抱え込み、頭と体が疲れすぎて、始終どこかが不調でした。実家へ向かう電車では、家のことも仕事のことも考えたくないから、ずっと『ONE PIECE』を読み続けて現実逃避。当時はもう薄氷を踏むような心地で、なんとか働き、なんとか介護をしていたように思います。そのまま数年が経ち、新規プロジェクトが一段落したタイミングで、離職を決意したんです。職場にこれ以上、迷惑をかけるわけにはいかないと感じていました」(翠さん)
ところが人事部長は「どれだけ休職してもいいから、辞めないで」と引き留めてくれたそう。その2週間後に母が亡くなり、翠さんの介護離職は“未遂”に終わりました。
「介護でどれくらい仕事を休めるのか、どうすればうまく両立できるのか、調べられるだけ調べました。ですが、当時はいっぱいいっぱいで視野も狭くなっていたから、退職しかないと思ってしまったんでしょうね。ただ、必死にすべてをやりきったぶん、母の介護に後悔はありません」(翠さん)
被介護者のケアにはさまざまな制度があるけれど、介護者(ケアラー)を支援する手段は、充分ではありません。いつのまにか追い詰められ、翠さんのように離職を考えるケアラーを、支援者である和氣さんも大勢見てきました。
「仕事を辞めて介護だけの生活になると、心がどんどん疲弊していきます。まずは、介護者が自分自身を守ることが大切。自分を守ることが最優先で、そこから家族をどう守っていくかを考えていくべきでしょう。もちろん、離職して介護に専念するのもひとつの選択肢ですが、その選択が心から納得できることなのかは、よく考えてほしいと思います」(和氣さん)
■「あなたが仕事ができないのは、お母さまの介護のせい?」という上司の一言
当日までトレッキングやヨガなどアクティブに活動していた母が突然の脳出血で倒れ、介護しているのは、綾さん(50代)と理恵さん(40代)の姉妹です。ふたりは東京で別々に暮らし、倒れた母が父と住んでいるのは山梨。東京と山梨を行ったり来たりしながら、介護の体制をつくっていく必要がありました。
「母のことはもちろんですが、介護者となる80歳の父のことも心配でした。突然はじまった初めての一人暮らし。母の介護体制の検討だけでなく、父の生活も整えなければいけなかったんです。居住地域の高齢者サポート制度が充実していたため、食事宅配や家事ヘルパーを依頼。こうしたサポートは父の“見守り”も兼ねていたため、遠距離介護者にとって心強い点でしたね。
費用面も不安でしたが、両親の資産を整理したところ、当面の生活には充分な蓄えがあることがわかったんです。『お母さんが施設に入っても、お父さんの生活も大丈夫だよ』と説明し、父も安心できたようでした。ただ、資産の把握って、何通もの通帳をめくったり、証券を探したり、結構な労力がかかります。母が元気なうちにやっておけば良かったということは、反省点のひとつでしょうか」(理恵さん)
姉妹そろって平日に休みがとれる仕事だったので、入退院や施設の見学などは比較的スムーズ。とはいえ、実家にずっといることはできません。そこでふたりは、「私たちの力だけでは両親のサポートができません、だから助けてください!」とご近所や地域包括支援センターの方々に助けを求めることに。
「完全に白旗をあげました(笑)。みなさんが助けてくださっているから、私たちは仕事を続けられています。介護には100人いれば100通りのやり方があって。じかに母のお世話をするだけが介護ではないと思うんです。
私たちのように、介護サービスをしてくれる方々に支払うお金を稼ぐとともに、情報を取捨選択したり判断したりするのもタスクのひとつ。会社での業務マネジメントと同じで私の得意分野です。これからも自分に合った方法で両親をサポートしていければと思います」(綾さん)
ただ、綾さんの職場は介護者に厳しく、理解が得られずに苦労した場面も。
「当時の上司に言われた『あなたが仕事ができないのは、お母さまの介護のせい?』という言葉は、強く記憶に残っています。介護と仕事の問題をごちゃ混ぜにした上司の発言には、呆然としました。
この一言で、母のことを職場に相談したり、介護休暇を申請したりは絶対にしたくないし、できないなと思いましたね。世の中は……少なくとも私の会社では、これが介護者に対する価値観の現状なのだと思い知らされました。親の介護負担が増える私たち世代は、仕事の責任も大きくなる時期。仕事と介護の両立には、会社の理解が必要なのに……。ただ、それまで仕事中心だった自分の生活や価値観を見直す、いい機会になったとは感じています」(綾さん)
介護者に対するこうした言動は、法令で禁止されています。パワハラやマタハラと同じく、ケアラーに対するハラスメント「ケアハラ」です。とはいっても、社内で「法律違反です!」と訴えを起こすのはなかなか難しいでしょう。
「綾さんの会社はおそらく昔から、弱い者いじめをする体質だったのではないでしょうか。そういう環境では、介護や育児を抱えた人がターゲットになってしまいます。
被害者が変わらなければいけない状況はやるせないですが、思いきって転職するのも選択肢のひとつです。そうもいかない場合はせめて、私たちのような介護者支援団体につながっていてほしいですね。労働環境改善はできなくても、家庭環境の整備協力やメンタル面のフォローはできますから」(和氣さん)
■働くために親を施設に預けるのは、子どもを保育園に入れるのと同じ
竹内美里さん(45歳)は33歳のときに父が倒れ、数カ月後に母が認知症と診断されるまで、いわゆるパラサイトシングルでした。介護だけでなく、年金暮らしの両親を経済的に支えることになってはじめて「本腰いれて、仕事を頑張らなければいけないんだ」と思ったそうです。
美里さんは両親に対して「ふたりとも、私の人生になんてことするの! なんて思ったりもしました。散々お世話になっておいてって話なんですけど……」と、憤りを抱いたことも話してくれました。その後、父は亡くなり、母だけを自宅で介護する日々がはじまります。
当時は勤務先の会社が統合を控えていて、事務職だった美里さんは、リストラされる可能性もあったタイミング。仕事を外されてしまうのが怖くて、親の病気を職場で打ち明けることができませんでした。
「介護が忙しくて昇格試験に落ちてしまったこともあったけれど、『親の人生の選択を私がしていいのか』という葛藤から、母をデイサービスに預けることにも抵抗がありました。それでも、仕事が介護の息抜きになったのは確か。病気の母と向き合いたくない気持ちもあったし、職場の制服を着ることで、自然に気持ちのスイッチを切り替えられました」(美里さん)
美里さんを支えたのは、介護施設職員の「働いている親の子どもを、保育園に預けるのと同じですよ。お母さまのことは私たちに任せて、美里さんは美里さんの人生を楽しんでください」という言葉だったといいます。
「自宅介護をはじめて7年後。症状も進んできたため、母は家から徒歩5分のグループホームに入所しました。経済的な不安があったので、母が80歳になる5年後まで施設で暮らした場合の損益分岐点を、Excelでシミュレートもして。そしたら、幸いなんとかなりそうだったんですね。
もっと家で暮らせるのではという葛藤もあったけれど、まずは私が元気に笑顔でいなくちゃいけないから、施設にお世話になれてよかったと思います。私が笑顔だと母も笑顔になってくれるんです」(美里さん)
美里さんが実際にExcelで作成した、親の介護にかかる収支管理表の一部
介護は先の見通しが立たないうえ、終わりがハッピーエンドになりません。それが、介護者のメンタルを苦しめる原因のひとつでもあります。でも、美里さんは自分で「5年後」という区切りを想定し、かかるお金を計算することで、すくなからず安心を得ることができました。和氣さんも「介護では、見える目標や期限をつくることも大切」と話します。
「たとえば『母が80歳になるまでは自宅で世話をする』『子どもが中学生になったら、介護スタイルを変えよう』などと、自分たちでひとつのゴールをつくるんです。寿命や費用のことは考えたくないものだけど、そこまで踏み込んで想定しておくのは、現実的に有効。目標に向かうまでのモチベーションも保てるし、ゴールできれば達成感も味わえます」(和氣さん)
■「周りへの感謝」と「自分の人生を大切にする気持ち」を忘れずに
それぞれのお話を踏まえると、職場との付き合い方や費用のことは、誰にとっても避けて通れない課題のようでした。では、自分の選択肢を狭めないためには、まずどのように情報を集めればいいのでしょうか。
親が倒れて介護が必要になったとき、最初に相談すべきは、対象者の居住地の「地域包括支援センター」だといいます。保健師や社会福祉士、ケアマネジャーといった専門職の方々が連携して、高齢者と家族の暮らしをサポートしてくれる機関です。
ただし、漠然と相談に行くだけでは、ほしい回答が得られない可能性も……。「昼間に母を介護してくれる手がほしい」「仕事を続けるために、自分で介護しないでいい方法を教えてほしい」などと相談事を明確にすることが、うまく地域包括支援センターを活用するポイントです。まずは、被介護者だけではなく、介護する側がどうしていきたいかを考えてみることが重要。
そのほか、いまからできる準備のひとつは、職場で味方をつくっておくこと。和氣さんは「誰かの味方になってあげれば、いつか誰かが味方になってくれる」と話します。
「リモート勤務などが増えているなかでも、日ごろから職場でコミュニケーションをとり、味方を増やしておきたいものです。介護がはじまったら、なにより心掛けたいのは感謝と恩返し。迷惑をかけたと思ってしまっても『いつもすみません』ではなく『いつもありがとうございます』『とても助かっています』と、気持ちを口に出して伝えるのが大切です。
また、自分でできる仕事はもちろん自分でやること。どうしてもサポートが必要な場合は、具体的な内容を伝えたほうが、周りも手を出しやすいと思います」(和氣さん)
仕事との両立に悩む方は、家族を施設に預けることにも、罪悪感を持ちがちです。
「罪悪感は消えないから、なんとか折り合いをつけるしかないんですね。でも、周りの視線は被介護者に向いてしまいがちなので、被介護者本位の生活が当たり前。介護者の存在は、被介護者に付随するもののように思えてきてしまうことがあります。だからこそ、私は私、親は親という距離感を保ち、介護者は自分の人生を大事にすることを意識してほしい。そういう意味では、親は関係なく自分自身を見てくれる職場も、アイデンティティを保つための支えになるはずですよ」(和氣さん)
介護は日々続いていく“生活”であり、一過性の“イベント”ではありません。だからこそ、自分にも周りにもなるべく無理がないように、持続的な方法を探っていきたいものです。
専門家プロフィール
和氣美枝(1971年生・埼玉県)
一般社団法人介護離職防止対策促進機構 代表理事
株式会社ワーク&ケアバランス研究所 代表取締役
レビー小体型認知症のある母親(80代)と埼玉の実家で同居生活をしている現役の働く介護者。
新卒からマンション開発会社で働いていたが、32歳の時に母親が病気になり、38歳で不動産業界を去る。その後は転職、離職の繰り返し、2011年に介護者支援団体に出会い、介護をしながら生きていくことに向き合えるようになる。
手探りで介護を始めた体験と介護者支援への熱い想いから、2013年11月に介護者の会「働く介護者おひとり様介護ミーティング」の運営を開始し、2014年に「ワーク&ケアバランス研究所(WCB)」(2018年9月に法人化し代表理事に就任)を、16年に「一般社団法人介護離職防止対策促進機構(KABS)」を設立、同代表理事就任。
年間50本程度の企業セミナーでは『介護と言えば地域包括支援センター』を合言葉とし「とてもわかりやすい」「勇気をもらえた」「同僚にも受講を勧めたい」との声が多く寄せられ、延べ3000件以上の介護相談では、介護者に寄り添い、伴走する姿勢に定評がある。
一方、「介護離職防止対策アドバイザー」の養成や関係省庁、経団連や連合をはじめとする様々な経済団体と議論を重ねるなど、「介護をしながら働くことが当たり前の社会」を作るための活動を最前線で取り組んでいる。
★著書
『介護離職しない、させない』(毎日新聞出版・2016)
『仕事と介護の両立をサポート! 介護に直面した従業員に人事労務担当者ができるアドバイス』(第一法規・2018)
★会員募集中
働く介護者のためのコミュニケーションサロン「ケアラーズコンシェル」
★会社概要
株式会社ワーク&ケアバランス研究所
東京都渋谷区代々木1-25-5
※ 記事中で経験談をお話しくださっている方々は、すべて仮名です。
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