近頃、SNSを中心にトランスジェンダーについてのさまざまな意見を目にします。トランスジェンダーとは、生まれたときに割り当てられた性別と自認する性が異なる人たちのことをいいます。

 なかでも大きな議論を呼んでいるのは、トランス女性(女性を自認するトランスジェンダー)の女性専用スペースの利用についてです。

「トランス女性は女性トイレや女湯を利用してもいいのか」という議論がネット上だけでなくテレビなどでも取り上げられ、「トランスジェンダーの権利が認められたら、性犯罪が増えるのではないか」という意見も見られます。

 日本ではトランスジェンダーの割合が人口の1%に満たないとの調査もあり、当事者たちの抱える問題が理解されにくい現状があります。

群馬大学准教授・高井ゆと里さん
群馬大学准教授・高井ゆと里さん
 そこで、今回は群馬大学准教授で、『トランスジェンダー問題――議論は正義のために』(ショーン・フェイ著)の翻訳者でもある高井ゆと里さんに、トランスジェンダーをとりまく問題について話を聞きました。

◆日本にいるトランスジェンダーは0.5~0.7%

『トランスジェンダー問題――議論は正義のために』(ショーン・フェイ 著、高井ゆと里 訳、清水晶子 解説/明石書店刊)
『トランスジェンダー問題――議論は正義のために』(ショーン・フェイ 著、高井ゆと里 訳、清水晶子 解説/明石書店刊)
――日本には、どのくらいトランスジェンダーの方がいるんですか?

高井:日本では、トランスジェンダーは人口の0.5~0.7%といわれています。全人口のうち、トランス女性とトランス男性がそれぞれ0.1~0.2%くらいずついるとされ、残りはノンバイナリー(性自認や、性別にかかわる生き方が、男女どちらか一方には当てはまらない人)な人たちです。

数は少ないですが、トランスジェンダーの人々は確実に存在します。みなさんの学校や会社にも、知らないだけで当事者の方はいるかもしれません。

――最近、ネット上でトランスジェンダーという言葉をよく目にします。ネット上での議論のされ方についてどのように考えていますか?

高井:当事者不在のまま議論がされている印象を受けます。みなさんの周りで、トランスジェンダーであることをオープンにしている会社の同僚、学校の先生、友人はどのくらいいますか? 多分、ほとんどいないと思います。実際にはいるはずなのに、世の中ではいないこととされているのです。

ネット上などで議論がなされているとはいえ、トランスジェンダーの人たちは今も、自分たちの状況を伝えるための場所がなく、話を聞いてくれる人もいないという状況の中にいるんです。

――なぜ、話を聞いてくれないという状況ができてしまうのでしょうか?

高井:社会はある特定の集団を基準にしてつくられているからです。たとえば、会社での働き方のモデルはシスジェンダー男性です。そのため、社会の基準から外れた人たち、たとえば妊娠や出産といったライフイベントのある女性たちの意思は尊重されにくくなります。

トランスジェンダーについては、例えば「女性のはずなのに男性的な格好をしている」「男性のはずなのに女性的な格好や振る舞いをしている」のように、社会の基準から外れた「変わった人」として見られてしまいます。

◆トランスジェンダーが直面する問題

トイレ
※イメージです
――社会の基準から外れている人を受け入れられない人は多くいますか?

高井:そうですね。「差別をなくしましょう」というと、社会が大きく変わってしまうのではないかと恐れてしまう人が多いように感じます。

このことはさまざまな差別にいえることで、「妊娠して仕事を休んでいる女性をなぜ雇い続けなければいけないのか」「障害者が公共交通機関を利用すると、運賃が値上がりする」など、変化を拒否するような反応は珍しくありません。

――この反応はトランスジェンダーに対してはどのような形で表れていますか?

高井:トランスジェンダーの人たちは、就職差別やメンタルヘルスの問題、貧困など、日常生活でさまざまな問題に衝突しています。

それらを変えるための発信や活動が行われているものの、どうしてもトイレや入浴施設など、女性専用スペースに注目されてしまう傾向にあり、両者のすれ違いがSNSでは多く見られます。

――先ほどさまざまな問題があるとおっしゃっていましたが、そのことについても詳しく教えてください。

高井:2019年に大阪市で実施された「大阪市民の働き方と暮らしの多様性と共生にかんするアンケート」によると、「深刻な心理的苦痛を感じている可能性」があるトランスジェンダーは18.8%で、「シスジェンダー(生まれたときに割り当てられた性別と自認する性が一致する人)で、かつ異性愛の人」の3倍の割合であることがわかりました。

さらに、トランスジェンダーは、トランス女性、トランス男性にかかわらず、性暴力被害に遭う確率が高いことも調査結果で明らかになっています。

◆決して珍しくない性暴力被害

高井さん
――トランスジェンダーの人たちが性暴力被害に遭いやすいのはなぜですか?

高井:経済状況も影響していると思います。2020年に認定NPO法人の「虹色ダイバーシティ」と国際基督教大学ジェンダー研究センターが行った調査では、過去1年間で預金残高が1万円以下になったことのあるトランスジェンダーの割合が3割を超えていたとの結果が報告されました。

お金がないと家がなくなり、家がなくなると誰かの家に泊まらなければならない。そのような状況で、泊めてもらう交換条件として性暴力被害が発生するケースも考えられます。

トランスジェンダーは、お金がなかったり、住む場所がなかったり、力を奪われやすい立場にあるので、性暴力被害に巻き込まれる確率はどうしても上がってしまいます。

――身を寄せる先で性暴力被害……あってはならない問題ですね。

高井:社会で起きている差別が1対1の関係性にも反映されてしまうことがあります。これはシスジェンダーの男性と女性の間でもいえることですが、相手から性行為を求められて断りやすい人、断りにくい人などがいて、社会的に力を持ちやすい属性の人と、力を奪われやすい属性の人のあいだの関係は、個人間にも流れ込むことがあり、そうした背景から性暴力の被害に遭うことはよくあることなのです。

◆社会に“埋没”する

――LGBTとひとまとめにされているものの、「T(トランスジェンダー)」の置かれている状況はほかのセクシュアリティとは異なることを感じました。

高井:そうですね。「この人は女性には見えない」「男っぽいね」など、トランスジェンダーは見た目について言われることが多くあります。表に出ることのリスクがあるため、なるべく矛先が自分に向かないように、世間一般的な男性像や女性像に当てはめて過ごす当事者は珍しくありません。

――世間一般的な男性像、女性像とは、具体的にどのようなことでしょうか?

高井:「女性は髪の毛が長い」「男性は化粧をしない」のように、世の中にある女性らしさ・男性らしさのことです。トランスジェンダーのなかでも、化粧が好きな人もいればしたくない人などさまざまですが、らしさをある程度身につけて“埋没”していないと、周りからジロジロ見られたり、侮辱されたりしてしまうことがあります。

男性・女性らしさを身につけていないと自分の性別そのものを否定されてしまうことがあるため、安心して生活を送ろうとすると、世の中のもつ男性像や女性像にどうしても寄ってしまうのです。

――トランスジェンダーについて知るために、私たちは何ができますか?

高井:トランスジェンダーの人たちの話を聞いてほしいです。インターネット上で無料で当事者の生活実態や困りごとなどを読めるサイトは増えてきているので、当事者の置かれている状況を知ってもらいたいと思います。

<取材・文/Honoka Yamasaki 撮影/星亘>

【Honoka Yamasaki】

ライター、ダンサー、purple millennium運営。
Instagram :@honoka_yamasaki