胡散臭さを漂わせながらも人懐こい眼差しで、「何てお呼びしようかな」と初対面の寅子に気さくに接する。瞳の輝きと比例する一瞬のひらめきで、とっさに「サディ」と名付けた。何てことはないコミカルな場面だったが、あとから考えてみると、このニックネームがいかに重要なものだったかと気づく。

◆ニックネームは寅子の存在証明みたいなもの

『虎に翼』© NHK
 寅子は、新潟編で再会し、その後の東京篇で事実上の夫婦になる同僚判事・星航一(岡田将生)からプロポーズされる。嬉しいものの、寅子は悩む。理由は、佐田姓から星姓に名字が変わること。

 そこにもうひとつ勝手に理由を付け加えるなら、星姓に変わると佐田姓によって名付けられた「サディ」のニックネームが意味をなさなくなるから。もし寅子がすんなりプロポーズを受けていたら、再度東京篇では、「ホッシィ」なんてこともあり得た。

「ホッシィ」もそれはそれでいいけど、やっぱり「サディ」ほどにはぴんとこないよねぇ。だからこのニックネームは意外と本作全体に関わる寅子の存在証明みたいなものでもあった。よくぞ名付けてくれた、ライアン(!)。

◆ジャムの一匙

 さて、そんなナイスガイの久藤が、新潟編の不在期間を経て、第20週第97回で再登場する。東京に戻ってきた寅子が、東京地方裁判所所長室に挨拶にくる。ドアを開けて、待ちかねていたのは、久藤と多岐川(所長の桂場は相変わらずの仏頂面)。

「サディ!」とお決まりの歓待。画面が一瞬で華やぐ一声。あの両腕に抱き締められたい。これですよ。新潟編を我慢した甲斐があった。どうしてこうもマジカルな響きなんだろう。そういや、ライアンは常にイチゴジャムを常備していて、どうも実力を発揮できないでいた寅子がそれを口にして心をとかしていたっけ。

 甘いもの好きの桂場も久藤の前では、ジャムをもっとくれとねだる子どもみたいになる。いったい、ジャムの一匙にどんな魔法をかけていたというのだろう。その魔法の力が有効である限り、法の下の自由な結束は守られるのか?