ひとりの美容師が大勢の人生を変えるひとりの美容師が大勢の人生を変える

人種差別思想によって経済格差は開く一方。そんなリトル・ロック(アーカンソー州首都)で、ある黒人理髪師が立ち上がった。理髪師の名前は、アーロ・ワシントン。“黒人の同胞たちに仕事を与えたい。彼らにチャンスを与えたい” それだけをモチベーションに奔走するワシントンを描いた短編ドキュメンタリー『The Barber of Little Rock(意訳:リトル・ロックの理髪師)』は、第96回アカデミー賞短編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされた作品だ。

今作は、The New Yorker(ザ・ニューヨーカー)のYouTubeチャンネルで英語版が配信されている。

【動画】『The Barber of Little Rock(原題)』(英語)

“人種差別は良くない”という考えが浸透しても、実態を見れば人種差別はなくなっていない。何度も言われてきたことだが、犯罪を犯す黒人が多いとしたら、その中には“犯罪を犯す黒人が多い”という差別によって正当な扱いを受けられず、犯罪に頼るしかなくなった黒人もいるだろう。

人種差別を反映させたディズニー映画『ズートピア』で、キツネのニックは“どうせズルいやつ扱いされるなら、ズルいやつとして生きてやる”という思いで詐欺師になる。綾野剛主演の日本映画『ヤクザと家族』では、“暴力団関係者”という肩書きによって社会に更生のチャンスを与えられない人々が再び犯罪に手を染める。

多数派や、豊かな側にいる人々が“信じる”“チャンスを与える”というアクションを起こさずに、どのように社会における“善人”になれというのだろう。今作でも、黒人であるというだけで信用やチャンスを得られず、お金を借りられないという経験をした人々が大勢いることが語られる。貧困ゆえの犯罪歴もある黒人女性は、インタビュアーに対して「これまでに3回ホームレスになった」と過酷な境遇を語っていた。

経済格差は開く一方(現在進行中)。経済が回らず困窮したリトル・ロックの黒人たちを見て立ち上がったのは、政府でも多数派人種たちでもなく、同じ黒人であるアーロ・ワシントンだった。彼はまず2008年に美容師学校(ワシントン美容師大学)を自ら立ち上げ、1,500人以上の美容師免許取得者を世に送り出した。今も彼は美容師たちに定期的な指導を行うなど、コミュニティの面倒を見続ける。さらに同年、彼はピープル・トラストという非営利のローン基金を設立。大手の銀行が渋るような困窮した黒人たちの希望に親身に寄り添い、ビジネスを始めるチャンスを与え続けている。

この短編ドキュメンタリーで語られるのは、そんな地元の黒人たちを救い続けるワシントンの様子と、彼に救われた(救われるまで不当な扱いに耐えるしかなかった)黒人たちの声だ。ワシントンは言う。「経済を是正しなければ何もできない」「血が循環しない身体(=経済の回らない地域)では、絶対に悪いことが起きる」と。

自ら立ち上がり、“地域経済の血管”を動かし始めたアーロ・ワシントンの努力と、救われた人々の笑顔と涙。それを映し出した『The Barber of Little Rock』がアカデミー賞にノミネートされたことは、将来的にリトル・ロック以外の地域で苦しむ人々も救うことになるのではないかと期待したい。