そろりと動かすのだ。退室する寅子の方へそろり。そこからまた元の位置へそろり。何だこれ、もはや能楽師の舞の一部みたいな動きというか、運び方じゃないか。もしかして等一郎の無表情は、能面として機能していたのか? 松山のこのそろりには、さすがに恐れ入った(!)。

◆テレビの中の等一郎

『虎に翼』© NHK
 誰よりも頑なで、動かない岩のような存在感を保っている。しかもそれが演技レベルで硬直することはなく、どこまでも映像的な柔軟さを伴う。こんな手品みたいな不思議ができてしまう。

 するとどうだろう。第24週第116回、ついに最高裁判所長官にのぼり詰めた等一郎が、テレビカメラに囲まれる。向けられたマイクに「裁判官は激流の中に毅然と立つ巌のような姿勢で」と就任後の意志も変わらずに固い等一郎。

 その映像を星家の食卓からテレビ越しに見つめる寅子は「よっ!」と誇らしげに拍手する。所長室で少し距離を置いて向かい合っていた寅子が、今度はテレビの中の等一郎を見つめる。

 見る、見られるの距離の描き方が物理的に拡大される面白い場面だが、この物理的な距離が寅子との心の距離になってしまうのか。

 本作はクライマックスへ向けて、戦後の課題に対して現代史の授業みたいなスピード感で速度を早めている。どこまでも映像的な松山が演じる桂場等一郎がテレビの中の人となった今、桂場長官の肩に戦後の課題が重くのしかかるかもしれない。

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】

音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu