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福島県旧河東町(会津若松市)
日本中では目まぐるしく、日々いろんなイベントがひらかれている。「そんな日本には、どのような土地があるのだろう」と、写真家として活動している私(仁科勝介)は、“平成の大合併”時に残っていた、旧市町村をすべて巡る旅に出た。その数は2000を超える。
今回、地域や自治体、企業の取り組み、新商品などの情報を発信するニュースサイト「ストレートプレス」で、それらを紹介する機会をいただいたので、写真を添えて連載をスタートした。
「ストレートプレス」内に登場するローカルな市町村と、関係があるかもしれない。
今回は、福島県旧河東町(会津若松市)を写真とともに紹介する。
Vol.265/福島県旧河東町(会津若松市)
旧塩川町から旧河東町へ移動していく。塩川と河東はそれぞれ、喜多方市街地と会津若松市街地に挟まれているが、河東町を東に進むと磐梯山や猪苗代湖に近づいて行くことから、会津盆地の風景からやや丘陵地の印象に変わって行くように感じた。
最初に向かったのは八葉寺。会津高野山とも称されている古刹で、巨大な建物ではなかったけれど、茅葺の屋根がとても印象的で、雰囲気を持っていた。
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旧河東町へ
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八葉寺。会津高野山と言われている古刹
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会津慈母大観音像だ。大きい
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会津藩校日新館
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町並みを見渡す
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暮らしも感じながら
さらに、会津藩校日新館を目指している途中、巨大な観音像が現れた。背中姿が徐々に大きくなっていき、近づけば近づくほど、住宅地とのギャップが広がるばかり。あとで調べると、会津慈母大観音像だと分かった。高さは57mもあるという。漫画「進撃の巨人」の超大型巨人は約60mなので、この例えが通じる方であれば、観音像がいかに巨大であるか、分かってもらえるだろう。
会津藩校日新館は、幕末会津藩の教育機関だ。ここから多くの優秀な人物が全国へ育ったと。白虎隊も日新館で学んでいる。日本の各地方にある幕末の教育機関から育った人物を追っていくと、実に日本の近代史と大きく関わっている。すなわち、これは現代にも当てはまるように思う。どこで暮らしていても、良い教育に触れるということは、いろんなきっかけが起こり得る契機になる気がするなあと。
(仁科勝介)
仁科勝介(Katsusuke Nishina にしなかつすけ)/かつお
写真家として活動。1996年、岡山県倉敷市生まれ。広島大学在学中に、日本の全1741の市町村を巡る。
『ふるさとの手帖』(KADOKAWA)、『環遊日本摩托車日記(翻訳|邱香凝氏)』(日出出版)をはじめ、2022年には『どこで暮らしても』(自費出版)を刊行。
旧市町村一周の旅『ふるさとの手帖』:https://katsuo247.jp
仁科勝介公式Twitter:https://twitter.com/katsuo247
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