◆当時者から違和感「手話歌はろう者を蚊帳の外に置き去り」

 NPO法人「インフォメーションギャップバスター」の代表で、自身もろう者である伊藤芳浩氏も、アイナの認識が象徴する手話歌への違和感をこう指摘しています。

<多い意見としては「手話がパフォーマンス化してしまっている」ということです。そしてもう1つが「『手話歌』に使われている手話の意味が分からない」ということですね。いずれにせよ、手話歌はろう者を蚊帳の外に置き去りにしているのが現状です。普段から手話を使って生活している人からすると、「手話を言語としてではなく、振り付けのように扱い、聴者が楽しむためだけのために使われている」と、感じるからではないでしょうか。>

(『なぜ手話歌にモヤモヤする? 手話文化の前提を知るため、ろう者に聞いた』日本財団ジャーナル2023年12月28日掲載)

 そう考えると、アイナのケースも、彼女が手話に対して好意的であるがために起きてしまった「文化の盗用」だと言えそうです。

 しかしながら、過去の似たケースと比較すると、ただ不運だったと同情できない構図も浮かんできます。いくつか振り返ってみましょう。