バビロンは、世界最古の文明発祥地メソポタミアにおいてバビロニア帝国の首都になった古代都市です。今回は、時代を隔てて長期にわたりこの地域を支配したバビロンの遺跡をご紹介いたします。

バビロンとは

バビロンは、バグダッドの南90kmにあるメソポタミアの古代都市です。紀元前2500年ころに小さな町だったバビロンは、世界最古の文明発祥地とされるメソポタミアにおいて、バビロニア帝国の首都にまで発展します。2019年にはユネスコの世界遺産リストに登録されています。

世界最古の文明を築いたシュメール人

メソポタミア文明を築いたのは「シュメール(スメル)」とよばれる人々。シュメール人の民族系統は不明ですが、彼らは今からおよそ5000年前の紀元前3200年頃より、現イラク南部のチグリス川とユーフラテス川下流域にウル、ウルク、ラガシュなど都市国家を築きます。

その後、メソポタミア文明は南部から川を北上し、イシン、ニップル、キーシュといった都市国家を形成していきます。小さな村に過ぎなかったバビロンも次第に成長していきます。文明を起こしたとされるシュメール人ですが、アッカド人に制されるとある時を境に忽然と姿を消したようです。驚くことに、現代のイラク人にシュメールの血は流れていないといわれています。それくらい全員、一気にここを去ったのですね。

長く繁栄した古代バビロニア王国

南メソポタミアを統一したアッカド人によって建設の進んだバビロンは、バビロニアの首都になるまでに成長します。

そして、ここバビロンは二度の主権を取ります。初めての主権を古代バビロニア、二度目を新バビロニアと表現することが多いです。古代バビロニア王朝は大きく4期に分かれ、およそ900年に渡って繁栄しました。

  • バビロン第一王朝(紀元前1894-1595)
  • 海の国第一王朝(紀元前1732-1475)
  • カッシート王朝(紀元前1475-1155)
  • イシン第二王朝(紀元前1157-1025)

「目には目を、歯には歯を」ハンムラビ法典

古代バビロニアのバビロン第一王朝時代、ハンムラビ王(在位:前1792年-前1750年)によって、ハンムラビ法典が制定されました。この法典は「目には目を、歯には歯を」という同害報復が世界的に有名です。

ハンムラビ法典はこの一文だけが独り歩きし、攻撃的・抑圧的な復讐心の感じる法律に見えがちですが、この法典は、商業、農業、犯罪、結婚、相続など社会経済の多様な一般的領域まで含んでおり、現代の法律とほとんど相違ありません。

「目には目を、歯には歯を」にあたる一文は、

  • もし上層人が仲間の目を損なったなら、彼らは彼の目を損なわなければならない。
  • もし上層人が仲間の骨を折ったなら、彼らは彼の骨を折らなければならない。
  • もし上層人が上層人の歯を折ったなら、彼らは彼の歯を折らなければならない。
  • もし上層人が一般人の歯を折ったなら、彼は銀3分の1マナ(約167グラム)を支払わなければならない。
  • もし一般人が一般人の目を損なったか、一般人の骨を折ったなら、彼は銀1マナ(約500グラム)を支払わなければならない。
  • もし一般人が奴隷の目を損なったか骨を折ったなら、奴隷の値段の半額を支払わなければならない。

現代のように懲役刑による服役ではなく、基本的には同じ思いをさせたのです。個人的には良い考えと思うのですが、皆様はいかがでしょう?

ハンムラビ法典は、楔形文字で記されたアッカド語で石柱に書き写され、バビロンのマルドゥク神殿に置かれていたとされています。