アカデミー賞11部門ノミネート作品を深掘り!
『バービー』がわかりやすく皮肉を取り入れ、女性がアイコンとして扱われたり、性的な目で見られたり、活躍を妨げられてきたことを描いた2023年製作フェミニズム映画のポップ代表だとしたら、フェミニズム映画のダーク代表は1月26日(金)日本公開となる『哀れなるものたち』だ。その両方がアカデミー作品賞にノミネートされ、ノミネート数も『哀れなるものたち』が2位(11部門)、『バービー』が4位(7部門8ノミネート)と大健闘している現状をまずは祝福したい。
天才外科医によって蘇った若き女性ベラは、未知なる世界を知るため、大陸横断の冒険に出る。時代の偏見から解き放たれ、平等と解放を知ったベラは驚くべき成長を遂げる。(公式あらすじより)
筆者は東京国際映画祭で今作を鑑賞し、あまりの強烈さにしばらく今作のことしか考えられなかった。設定、脚本、演技、セット、衣装、音楽…そのすべてが鮮烈な今作を手がけたのは、『籠の中の乙女』『ロブスター』『聖なる鹿殺し』『女王陛下のお気に入り』のヨルゴス・ランティモス監督。『女王陛下のお気に入り』でも監督とタッグを組んだエマ・ストーンが今回の主演を務め、圧倒的なオーラ、インパクト大の奇妙さ、緻密な技術のすべてが求められるベラという役を熱演。見事ゴールデン・グローブ賞では主演女優賞(コメディ/ミュージカル部門)を受賞。アカデミー賞にもノミネートされ、受賞第一候補の1人だ。ランティモス監督とエマ・ストーンのタッグは前作、今作と続けて自他ともに認める化学反応を起こしており、すでに3本目を撮影、4本目も企画しているという強い信頼関係を築いているようだ。
ベラを旅に連れ出す男性を演じたのは、おなじくアカデミー賞で助演男優賞にノミネートされたマーク・ラファロ。ウィレム・デフォーやラミー・ユセフが脇を固め、さらに今勢いのある女優が贅沢な使われ方で登場するなど、盤石の布陣だ。
何よりまず語らなければならないのが、止まらないエマ・ストーンの進化だ。『ラ・ラ・ランド(2016)』でもアカデミー主演女優賞を受賞、『バードマン(2014)』『女王陛下のお気に入り(2018)』でもアカデミー助演女優賞にノミネートされているとおり、彼女の演技力に非常に高い定評があることは当然だが、今作のストーンは、これまでの演技だけでは想定し得ない領域まで見せてくれている。
頭脳も精神も未熟で、人間の大人の姿をした子ども・動物のような状態のベラ役の演技はまさに“怪演”なのだが、その奇妙な状況にも力強い説得力を持たせてしまうのがエマ・ストーンだ。そしてそんなベラは多くの経験・知識を得て徐々に変化していく。なんといってもその“徐々に変化”する演技があまりに自然で感服してしまった。美貌とオーラ、インパクトある怪演の才、徐々に変化する緻密な演技力を持ったエマ・ストーンの圧倒的実力と、彼女が持つそれらすべてを1本の映画に自然な形で収めたヨルゴス・ランティモス監督の手腕には改めて感服させられる。
そんなエマ・ストーン演じるベラの存在感を際立たせているのが、ゴージャスなデザインの衣装やセットだ。映画冒頭から“衣装が主人公”に見えてくるほどにファッションに目が行く今作、ファッションショーのようにカラフルで奇抜、エマ・ストーンだからこそ着こなせる衣装からも目が離せない。そして、それら衣装が映えるのが、こちらもまた印象的なセットの数々。カラフルで幻想的、かつ現実からは乖離(かいり)しすぎていないセットは、「“初めて見る外の世界”って、こんな風に見えるのかもしれない」と、そう我々に思わせるのだ。
女性が獲得する自由意志の物語。そして、哀れで愚かな人間の物語
最初にも今作はフェミニズム映画だと書いたが、今作はまさに現実世界、“女性がたどってきた歴史”を描いた映画と解釈できる。ベラのたどる冒険・変化こそが、“旧時代から現代にかけて、社会における女性という存在がたどってきた歴史”に見えるのだ。ベラは頭脳も精神も未熟で何もわからない状態から始まるが、当初から外見は美しい成人女性であるため、搾取の対象として見られがち。しかし彼女は経験と知識を得て、幼稚で粗暴な男性たちを置いて成長していき、それに対して男性たちは不快感をあらわにするのだ。
もちろん今作の表現は奇抜に誇張されているため、「先時代の女性が冒頭のベラ(のように赤ん坊・動物のよう)だった」と言ってしまうと語弊があるが、過去に女性は男性に比べてじゅうぶんな教育を受けられず、教育を受けられないから高度な仕事をこなせるようになるのも難しく、高度な仕事が難しいから高い地位・ポストにつくことができにくかったというのは歴史的な事実。そして、社会システムゆえに無学で高い地位を持てない女性たちを「アクセサリー」「性的な欲求をみたす存在」として扱ってきた男性がいた(いる)のも事実。
それが現代、男性と同じ教育を受け、才能と努力次第で(まだ完全ではなくとも)男女関係なく活躍できるように徐々に世界は変化してきた。そんな新時代で活躍する女性に対し、男性や、先時代の価値観に慣れた女性の一部は「可愛げがない」「生意気」といった言葉を投げかけるかもしれない。しかし、自立して生きられるなら「可愛げ」など必要ない。実力が伴って自信を持つことは「生意気」ではない。性別に関係なく、自由に活躍すればいいと考えられる人々が増えてきたのが現代だ。それを体現するのが今作におけるベラの人生と、彼女に置いていかれる滑稽な男たちの構図。さらには貧困や格差、人間の欲望なんかも風刺しながら、説教風の作品ではなく“ヘンテコな物語”として描くところにランティモス監督のこだわりと、変わらぬ映画愛を感じるのだ。
他のキャストや要素もひとつひとつがインパクト大だ。助演のマーク・ラファロはその(腹立たしいが憎みきれない)滑稽な男性役で何度も笑わせてくれるし、ウィレム・デフォーは彼にしかできない役で絶大な印象を残す。個人的にはデフォー演じるドクターがたまに謎の(展開においては何の意味もない)行動をするシーンは笑えて仕方なかった。アカデミー作曲賞にもノミネートされた異様で奇妙ながら壮大でエモーショナルな音楽にも注目だ。ひとつだけ注意点として伝えておきたいのは、「ストレートな下ネタも多い作品なので初デートなどで鑑賞するなら注意が必要」ということだろうか。
冒頭からエンドロールまで一貫しておしゃれな作風でもありつつ、奇抜な世界観と描き方で深いメッセージ性にも富んだ映画『哀れなるものたち』は、1月26日(金)から日本公開。