cover interview 松雪泰子

目に見えないものと人間との関係、日常と非日常、現代と未来と過去など、あらゆる空間や時間を自在に描き出してきた前川知大氏の舞台『無駄な抵抗』。本作は、古代ギリシャ劇「オイディプス王」を発想の源泉として、ギリシャ悲劇の大テーマ「運命」を扱った新たな現代劇。
前川作品への出演は、「ゲゲゲの先生へ」以来5年ぶりとなる松雪泰子さんにお話を伺いました。

Profile

1972年生まれ。1991年に女優デビュー。2006年の映画『フラガール』で第30回日本アカデミー賞優秀主演女優賞などを受賞。2008年には、映画『デトロイト・メタル・シティ』、『容疑者Xの献身』にて、第32回日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞。近年の主な出演作品に、舞台「カモメよ、そこから銀座は見えるか?」、「世界は笑う」、劇団★新感線「神州無頼街」、映画『古都』、『甘いお酒でうがい』、ドラマ「Mother」、「ペンディングトレイン一8時23分、明日君と」などがある。

自分が過去に経験したこと、選択した道。無駄な時間だと思ったことさえ、すべては自分の人生において必要なピース

不吉な予言から逃れようとしたオイディプスが、逃れようとするが故に予言を成就させていく。気づいたときには全て手遅れで、全てはこうなる運命だった...。古代ギリシャ悲劇「オイデ ィプス王」を発想の起源として前川知大氏が新たな作品の創作に挑んだ本作『無駄な抵抗』。世界という巨大な力“運命”に抗おうと、自らの意思を信じて生き始めた人たちを描き出す現代劇だ。

「劇団イキウメさんはとてもリスペクトしている劇団ですし、前川さんともまたご一緒できる機会があれば嬉しいと思っていたので、またこうして機会をいただけたことが嬉しいです」オファーを受けたときの心境からお伺いすると、そう答えてくれた松雪さん。

「先日前川さんを中心にディスカッションをしたときに、今回は“ネガティブ・ケイパビリティ”を描いていきたいというお話がありました。まだ全体像は見えていませんが、不安定さの中にも何かを見つけて、それらをつなぎ少しずつ進んでいこうとする様。それが運命にあしらわれながらも進もうとする人間の姿とリンクして見えるような展開になるのではと予感しています」

“ネガティブ・ケイパビリティ”とは、どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力のこと。また、急いで答えや理由を求めず、不確実さや疑いの中にいられる能力のことを指す。でも人間の脳には理解しようとする性質があるので“わからないことはわからないまま受け入れて、耐え抜く”というネガティブ・ケイパビリティを持つことは難しいと言われている。ましてお芝居においては、最初から“コレ”という明確なものがあった方が演技しやすいのでは...?

「海外の演出家さんの稽古場の場合、いろんな選択肢を試していくやり方をします。前川さんの稽古場でもそうです。例えば、通りのプランを試していれば、そこにはパターンの選択肢が存在します。そしてそこに俳優たちから発せられる会話や表出してくる感情、さらに時間のエネルギーなどが合わさって日々変化していく。その中から芝居をしながら瞬間的にコレだと思ったものをチョイスしていく、インプロに近い感覚で稽古を繰り返す中で、立ち上がっていくものを体感する。もちろん軸があるようでないような状態はとても不安定なのですが、ただ進もうとする道は明確に見えていて。流動的で不安定な様ですが、ある種の核となる物が積み上がっていく感覚がある。集中力を必要とされるのですが、とっても面白いんです」

今回のテーマである運命にちなみ“女優業は運命か”と伺うと、「どっちかなぁ...」と松雪さん。

「中学生くらいのときに“何かを表現して生きていきたい”という思いが一瞬、ほんの一瞬なんですけど頭をよぎったことはありました。でもその時点ではなぜそれがよぎったのかは全然わかりませんでした。子供の頃はデザイナーになりたくて、どちらかといえば表ではなく裏で支えるクリエイターになりたかった。今とは全然違う道を進もうと思っていましたから」

それが女優としての道が開かれた時、とても大きな流れを感じたと続ける。

「すべてが用意されていたかのような大きな流れに引っ張られているような感覚があって、この流れに抗ってはいけない気がしました。とはいえ、お芝居の経験もスキルもない。全然思ううにできなくて、なぜ自分はこの仕事を選択したんだろうと思うこともありました。自分の選択の責任を負いきれていなかったんですね。そんなとき、ふと中学生のときに頭をよぎった事を思い出し、“私の魂はこれがやりたいことだと求めていたと。そこでの体験が自分の生涯に必要だった”と。そう思えたら、流れに身を任せていたと思っていたことが、すべて自分が選択した道だと思えることができて、自分の選択肢を受け入れる事ができました」

松雪さん自身の“無駄な抵抗”を伺うと。

「それの連続です(笑)。人生って、どうしてこんなことが起こるんだろうってことの連続。もうこれ以上のことは起きないだろうなと思っていても、軽やかに更新していく。その度に絶望や苦悩、喜び様々な事を体験していきますが、抵抗しながらも、回避せずに乗り越えていくわけです。そして少しずつステージがあがっていく。それを越えていく先に見える景色を体験したくて、様々な体験ができるように設定されている感覚がある。振り返ってみると、全ての瞬間や体験が、必要な事だったと深い浄化が起きる感覚があります。抵抗するというのは、かつての人生で越えられなかった何かを、越えようとする力だと思います。ですから全ては必然だったと、受け入れたその先の景色を見たいが故に、抵抗をし越えていきたいと。今回の戯曲を深く考察する度に、その思いはより強いものになっています。今回の「無駄な抵抗」作品の中で登場人物がどの様に抵抗していくのか、是非一緒に劇場で体験してください」