9月13日より世界同時配信となるApple TV+の「ザ・モーニングショー3」。今シーズンは、絶体絶命のリニアテレビの足掻きを、アレックス(ジェニファー・アニストン)やブラッドリー(リース・ウィザースプーン)をはじめとするTMS制作関係者の目を通して描く。クリエイティブ人間存亡の機は、ディスラプターが牛耳るデジタル社会では当然のことなのか?
※「ザ・モーニングショー3」のネタバレを含みます。
コロナ禍で22ヶ月振りに再開されたシーズン2とほとんど同様、又々24ヶ月振りに公開されるApple TV+の力作「ザ・モーニングショー3」。全米の朝を報道するUBA局の「ザ・モーニングショー」(以下、番組The Morning Show=TMSと省略)を舞台に、朝番と言う特異な環境で働く’永遠に睡眠不足’の男女が織り成す生き馬の目を抜く職場ドラマです。最新の世情に通じている筈の放送局とは言え、蓋を開けて見ると、性別/年齢/人種差別など朝飯前、組織幹部を牛耳る男どもの職権濫用やセクハラがまかり通る旧態依然であることが露呈します。職場での派閥争い、男女キャスターの寿命の格差、朝番(報道番組ではなく、ニュース+エンタメ番組)の格、契約社会でのサバイバルゲーム等々、視聴率が関係者の運命を左右する熾烈な闘争が隅々に書き込まれています。
シーズン1は、セクハラ・スキャンダルと言う名のトラウマを体験した放送事業者が、音を立てて崩れ去る過程を描き、UBA局の職権濫用環境・排他的文化をオンエアーで糾弾したアレックス・リーヴィ(ジェニファー・アニストン)の無鉄砲な行動が如何なる波及効果を及ぼすか. . .?で幕を閉じました。
シーズン2は、「キャンセル」されて失脚したミッチ・ケスラー(スティーブ・カレル)に救いはあるのか?と同時に、ミッチの二の舞になりたくない!に加えて、10年前の不倫故にミッチのご乱行を黙認した事実がいつ露見するか?の恐怖に駆られて、半狂乱になったアレックスの数々の奇行を描きました。当時、横行していたキャンセルカルチャーが’アメリカの恋人’アレックスや毎日人目に晒されるジャーナリストに如何なる影響を及ぼしているかが見所でした。自業自得を思い知る滅多にないチャンスを、生きるか死ぬかのコロナ禍中に設定し、出世に付随する知名度・影響力や生活水準の向上、他人からの評価獲得などを貪欲に追求する、虚栄心と自己愛に生きるニュースキャスターに自己査定を迫りました。
さて、期待のシーズン3を5話まで観た上で、今シーズンの概要と背景をご紹介します。コロナ禍が始まった2020年3月〜22年3月までの2年間を行きつ戻りつしながら、1)崖っぷちに追いやられたレガシーメディアの足掻き、2)アップデートを迫られるWokeからは程遠い旧世代(オールド・ボーイズ・ネットワーク)の無駄な抵抗、3)メサイアコンプレックス(救世主妄想)のUBA局CEOコーリー・エリソン(ビリー・クラダップ)とカリスマ起業家ポール・マークス(ジョン・ハム)が繰り広げる欲得尽くの一騎打ちに翻弄されるアレックス以下、朝番TMS制作関係者、4)コロナ禍ロックダウンの圧力釜状態で崩れ去る人間関係等を描きます。
去る6月30日にWGAとSAG-AFTRA両組合による63年振りのダブルストが明示する「ハリウッド存亡の機」でお知らせしたレガシーメディアの危機は、「ザ・モーニングショー3」の中の絵空事ではなく、今ハリウッドが直面している厳しい現実です。
ダブルストは当分解決しそうになく、既に発表された23〜24年シーズンの番組制作ができないため、地上波5局の今秋のスケジュールは、人気番組の再放送+リアリティー番組+ゲーム番組で埋め尽くされています。スポーツやイベントの生中継は、今後更に増えると見込まれていますが、各局が経費削減を謳って構築したSVOD(オンデマンドで視聴者の好きな時に観られる動画配信サービス)は未だに赤字で、マルチプラットフォームに救いを求めたリニアテレビ(スケジュールに沿って、リアルタイムで視聴する伝統的なテレビ放送)事業者は青息吐息です。23〜24年シーズンの制作費が浮く訳ですから、今年は僅かながらリニアテレビ+SVODの収益は増加したように見えますが、単なる蜃気楼でしかありません。ストが終われば、制作費をはたいて新・継続番組を生み出していかなければならないからです。各局がストを見越して突入前に撮り終えた新番組が数本予定されているものの、どれもイマイチで「観ないと損する!」と思わせる作品は見当たりません。ドラマ好きには何とも情けないスケジュールで、益々コードカットが助長されて、レガシーメディアの死に繋がると不安を感じてしまいます。
レガシーメディアの’お先真っ暗’感を強化すると同時に、エンタメ業界を震撼させたのが、ディズニーのCEOに返り咲いたボブ・アイガーのCNBCインタビュー(7月13日)での発言です。「ディズニーにとってリニアテレビ事業は、もはや中核とは見なされない」と、嘗てはディズニーの収益源事業の根幹だったビジネスモデルの崩壊を示唆し、地上波局ABCを含むリニアテレビ事業(例:FX、Freeform、ナショナジオ、A+E Networks等のケーブルテレビ)の売却(しかも、切売り/ばら売り)もありと仄めかしました。スポーツ中継だけが唯一のドル箱になりつつある現状を見ると、アイガーの発言は火に油を注いだようなものです。特にニュース報道に携わるジャーナリストにとって、待遇の悪化はもとより、報道活動の経費削減、さらには職場と仕事そのものの存続まで危うくなり、リニアテレビ事業の衰退は傘下のローカルニュース局にまで波及すると懸念されています。
タレントに優しい幹部として名を馳せたアイガーでさえ、63年振りのダブルストは「極めて不愉快。業界全体にネガティブな影響を及ぼす。(WGAとSAG-AFTRAの)要求は実に非現実的だ!」と非難。クリエイティブ人間を搾取して手に入れた巨額報酬を棚に上げたアイガーの失言は、存亡の機と警鐘を鳴らすライターや俳優の神経を逆撫でして反感を買いました。
5月25日の「飽和状態の動画配信市場」でご報告したように、テクノロジーがもたらしたリニアからオンデマンドへのエコシステムの豹変(=パラダイムシフト)は、動画配信市場のせめぎ合いを生み出しました。しかし、「ハリウッドレポーター誌」8月9日号掲載のキム・マスタースとアレックス・ウェプリン共著の記事「A Disney Sale to Apple? Don’t Count It Out This Time」は、ハリウッドを動かす経営陣が、いずれはアップル、アマゾン、ネットフリックスの大手3社+アルファ(例として、NBCユニバーサル+ワーナー+パラマウントが合併してやっと一人前に競合できる規模のSVODとして挙げられています)の計4社に淘汰されるであろうと見越しています。ニーダム・アンド・カンパニーのエンタメ及びインターネット専門のシニアアナリスト、ローラ・マーティンは7月14日、「3年以内に、ディズニーは巨大テック企業に買収される」と衝撃的な発言をし、コンテンツを収入源とする必要がない巨大テック企業の強みを強調しました。又、記事のタイトルから明らかなように、これまでにもアップルがディズニーを買収?の噂は巷に幾度となく流れていましたが、今回は実現するのではないか?と示唆しています。アップルは、IPと世界的ブランド欲しさに、部分的にディズニーを買収する可能性があると、記者は見ています。
「ザ・モーニングショー3」は、最早避けて通れなくなったリニアテレビの絶体絶命を、世界制覇を目論む巨大テック会社のプリンス、ポール・マークスのメサイアコンプレックスにおもねなければならないほど(身売りという意味)切羽詰まったUBA局を通して描きます。しかも、他人/世界を助けて生まれる自己有用感で自尊心の低さを補償するポール・マークスを受けて立つのが、海千山千のコーリーときた日には、タイタニック号船長が氷山に追突したと知った瞬間に、真っ先に救命ボートに飛び移って乗客や乗組員を放り出して逃げそうな自己チュー男だから始末が悪いのです。
マスクがTwitter(現在の「X」)を買収して1年も経たないうちに広告収入の半分を失い、言論の自由の楽園にするどころか、危険が一杯のプラットフォームに変えてしまったのは、従来のユーザーは切り捨て、マスクファンのみを取り込んで賛同を得ることが目的だからです。「テレビは嫌い」と公言する過剰な特権意識と傲慢さを絵に描いたようなマークスにとっても、レガシーメディアは手前味噌のプロパガンダ布教の道具以外の何物でもありません。かつては情報収拾のツールだったインターネットが、2015年トランプの台頭と共に、思想や信条を確認するためのプラットフォームになってしまったからです。何しろ、ディスラプター(デジタル技術を駆使して、既存のビジネスモデルや商習慣、市場原理や業界の壁を破壊・変革しようと試みるイノベーター)が牛耳るデジタル社会ですから、イーロン・マスク級の世界有数の富豪ポール・マークスに一旦買収されれば、コーリーは変革には不要と切り捨てられる可能性があります。
100年に一度のパンデミックの魔の手が伸び始める2020年早々に始まり、外出禁止令発令、ジョージ・フロイド殺人事件に端を発したBLM人権擁護デモ、ルース・ベイダー・ギンズバーグ最高裁判事の死、更に21年1月6日、全米を震え上がらせた議会議事堂襲撃事件など、次から次へと米国を襲った津波級の悲劇のおさらいです。
このような現状を踏まえて、「ザ・モーニングショー3」を観て頂ければ、大型レイオフやコンテンツ投資の見直し、経営レベルでの抜本的テコ入れで、リニアテレビを取り巻く環境に暗雲が垂れ込める中、朝番TMS制作に携わるクリエイティブ人間の葛藤が如何に現実的なものかが分かると思います。但し、全10話のうち、半分しか観ていないので、6話以降どのような展開が待ち受けているかは不明ですが. . .ファンタジー(タイムトラベル)の世界ではないので、絶体絶命、崖っぷちに追いやられた恐竜がカムバックを果たすような奇跡はあり得ません。「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」という言葉が浮かんでくるのは、私もデジタルイミグラントだからでしょうか?何ともやるせ無いシーズン3です。