cover interview 貫地谷しほり

39歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断されたカーディーラーのトップ営業マンが、
家族や仲間と心を通わせ合いながら歩んだ9年間の軌跡を描いた映画『オレンジ・ランプ』。実話に基づくハートフルな物語に、一際やわらかな彩りを添えているのが、和田正人さん扮する営業マン・晃一の妻・真央を演じた貫地谷しほりさん。
公開に先駆けて、作品に対する思いを伺いました。

Profile

1985年生まれ。中学2年生のときにスカウトされ芸能界入り。2002年、17歳のときに映画「修羅の群れ」で女優デビュー。2004年の映画「スウィングガールズ」で注目され、2007年、NHK連続テレビ小説「ちりとてちん」で初主演を果たし、翌2008年エランドール賞の新人賞を受賞。多くの映画、ドラマ、舞台への出演に、ナレーションや吹き替えなどでも活躍。2023年秋には、映画「シェアの法則」への出演を控える。

人付き合いのかたちは昔と今とで違うけど
少なくとも自分の身近な人のことは
気にかけることができる自分でいたい

― 本作出演のお話をいただいたときのお気持ちを聞かせてください。

「まず、認知症についての認識が変わりました。これまでは、高齢になってからの発症に対しては、“誰でもかかり得る仕方ないこと”という認識で、若い世代の発症に対しては、『私の頭の中の消しゴム』(認知症を患った妻とその夫との日々を描いた韓国映画)のような悲しい現実を想像してしまっていました。でも、この作品の原作に描かれている主人公の姿はすごく前向き。そのことにとてもびっくりさせられました」

― モデルとなった丹野さんにお会いしても同じ印象を受けましたか?

「そうですね。丹野さんは撮影現場までおひとりでいらっしゃいましたし、ご本人と接していても、言われなければまったく認知症だとはわからなくて、こちらが勝手に悲劇的な生活をイメージしていただけだったんだなと反省しました。映画冒頭で、認知症についての理解が浅い第三者が、“認知症っぽい動きをしてください”と晃一に依頼するシーンがありますが、実際にネガティブなイメージを持っている人は多いのかもしれません」

― 撮影前に、原作者やその周りの方にお話を伺う機会はありましたか?

「認知症を発症する役を演じられた和田さんは、クランクイン前に丹野さんとお話なさっていたようですが、私は、夫が認知症を発症してから初めて、どうサポートすればいいのかを考えるという役でしたので、敢えて事前にお話を聞くことはせず、そのときどきの和田さんのお芝居を受け止めることを大切にしながら撮影に臨みました」

― 晃一を見守る真央は明るくて強い女性ですが、真央を演じるうえ でどんなことを心がけましたか?

「どんなときも前向きな女性なので、明るさは大切にしていましたが、自分が彼女の立場だったら?と想像すると、たとえば夫が一人で出かける姿を見送るのもとても心配です。それでも相手を尊重して見守ることができる真央はすごく強いし、夫婦間の愛があってこそできることなので、そのことは意識しました」

― 作品への参加を通してどのような気づきがありましたか?

「作中、私が演じた真央が、手取り足取りサポートすることは夫の望むところではないと気づく様子が描かれています。私自身も真央を演じて初めてきちんと理解できましたが、認知症に限らず、なんらかの疾患に悩んでいる人が身近にいる場合、生活のすべてをサポートしてあげなくてはと考えがちですが、そうすることは必ずしもいい結果を生むわけではありません。つい最近、厚生労働省の方と対談をさせていただく機会があったのですが、そのときも、最初から施設入居の話を進めるのではなく、本人の意思を尊重するのがワールドスタンダードなのだと教えていただきました」

― 本人の意思を尊重して見守ることこそ最大のサポートともいえますね。

「実は、私は完成した作品を観た当初、“こんなにやさしい世界が本当にあるんだろうか?”と思ったのですが、同じく試写に参加されていた丹野さんが、“(自分の生活の)まんまだ!”と号泣されたんです。その様子をみて、世の中捨てたもんじゃないなと思いましたし、こんなファンタジーのような出来事が当たり前の世の中になればいいなと思いました」

― 完成した作品をご覧になって改めて、この作品は自分にとってどんな作品になったと思われましたか?

「私は前々から、世の中の役に立つ作品に出たいという思いが強いのですが、この作品はまさにそれに当てはまります。人や社会の役に立つ作品に出たいと思うようになったきっかけは、デビューしたばかりのころに通っていた演劇研究所の恩師の言葉です。“エンタメには人を楽しませたり笑わせたりする力もあるけれど、世界の実情を伝えたり、先人の思いを伝えたりすることもできるんだ”というものでした。今回の作品でも、まず私自身が、誰もが自分らしく生きられる社会であるためには?というテーマについて、たくさん考える機会をいただけましたし、さらに、映画を観た方にも同じように考えていただけることをとても光栄に思っています」

― 誰もが安心して暮らせる社会を作るために、私たち一人ひとりにできることはどんなことだと思いますか?

「今の時代って、知らない人と接触したことで怖い事件に発展することもあるから、すごく難しい問題ともいえますね。実際、私自身、出先ではなるべくスマホ画面に目を向けて、誰とも目が合わないようにしているときもあります。そういう習慣を全部取り払って昔に戻るのが良いとは思わないですけど、少なくとも、自分の身近にいる人たちの異変は察知できる自分でいたいですし、誰かが助けを必要としているときには、こちらから声をかけてあげられる自分でいたいです」