「Couples Therapy」シーズン3第1部は、怒りをぶちまけてドラゴンと化した女と、怖気付いて甲羅に閉じ籠ったカメ男との間で繰り広げられる壮絶な闘いを、根気よく分析して解決策を模索するグラルニク先生のドキュメンタリー。Courtesy of Showtime

このドキュメンタリーシリーズのご紹介はこれで3回目になりますが、「Couples Therapy」は結婚号が座礁に乗り上げ、二進も三進も行かなくなった4組のカップルがセラピスト/心理分析医(日本ではカウンセラー)に通う20週間を記録した秀作です。2019年9月からShowtimeプレミア・ケーブル局で放送開始となった「Couples Therapy」は、2022年6月10日にシーズン3第1部を、第2部は23年4月28日からと、2回に分けて各9話で綴りました。

英文評はこちら。

「Couples Therapy」シーズン3第1部は、自分に足りない部分を無意識に相手で補おうとする相補性の法則に従って、思考や行動パターンが正反対の二人が恋に落ち、結婚してみたら、その違いが仇になって、結婚生活を続けたものか否か答えを求めてセラピーに通い始めた4組のカップルをとり上げました。

言い争いになると、イライラや欲求不満、怒りに任せて伴侶に理不尽な要求や非難攻撃を浴びせ、独りぼっちだと感じると、気を引くために伴侶以外に心の拠り所を求めるのは、怒り発散型人間のモリー、シン、インディア、ピンです。一方、ジョシュ、ヤヤ、デール、ウィルは、毒親に育てられて学習性無力感に浸っている為、自己表現が苦手で打たれ弱く、無理難題を吹っかける伴侶に恐怖心さえ抱き、事態を悪化させまいと、幼い頃に取得した護身術を使って不動状態で遣り過そうとする凍結型人間です。

怒りや心痛等'負の感情'を外に向けて発散するが故に実権を握るタイプは、程度の差はありますが、まるで烈火の如く怒るドラゴンです。怒りを内に抱え込む’心ここにあらず’の伴侶は、ドラゴンの襲来を受けると甲羅に閉じこもったカメになって危機を凌ぎます。積極的な問題解決法ではありませんが、無理に動けばドラゴンの逆鱗にふれて、火に油を注ぐことになり、益々危険に晒されるので、凍結反応(凍りつき反応)が最適なサバイバル法ということです。結婚という逃げ場のない状況では、何をしてもドラゴンから逃げることができない上、結婚カウンセリングから何の成果もあがらないと「何をやっても無駄」と学習性無力感(無気力)を覚えるのも無理からぬことです。しかし、問題は火を噴くドラゴンの目には、怖気付いたカメから何の反応も得られないのは、愛情が足りない証拠と映ることです。ドラゴンは益々猛威を振るい、カメは突っつかれても蹴られて微動だにしません。襲来と撤退/凍結の悪循環が4組のカップルの間で何度も何度も繰り返されています。

結婚歴19年のモリーとジョシュ
モリーの火を噴くドラゴン度:85%
ジョシュの甲羅に閉じこもったカメ度:89%

「昼あんどん」ジョシュ(左)と幸せになる事が権利だと信じている自己チュー女モリー(右)。Courtesy of Showtime

 

モリーは穏やかで思慮深いジョシュに魅力を感じ、ジョシュは社交的でキラキラ輝く活発なモリーに一目惚れしました。しかし、20年弱の結婚で、流産や中絶、不倫等ありとあらゆる形で心身共にお互いを傷つけ合った二人は、箱に詰め込んで棚に上げて忘れようとする「夫婦の苦難」を、一件ずつ箱から取り出して処理しなければ、最早前進できなくなってしまいました。’臭いものに蓋’や’触らぬ神に祟りなし’を長年実行して事なかれ主義を通していると、夫婦関係を修復する糸口さえ掴めない膠着状態に陥るものです。

理不尽な要求をするモリーは、明らかに結婚の何たるかを知らない自己チュー女ですが、8歳で母親に捨てられたジョシュに鬼気迫る思いで「私を感じて、癒して、幸せにして!」と要求するのは逆効果だと知らないことも確かです。モリーが不倫に走ったことで、窓際で母の帰りを待つ8歳のジョシュに戻ってしまったからです。こうして、心痛を’お荷物’として夫婦関係に持ち込んで、無意識のうちに子供時代のトラウマを再現し、状況改善を模索する人が世の中には大勢います。

過去の過ちを許してくれたのかどうか?に拘るモリーは、事ある毎にジョシュの怒りの度合いを探ろうと躍起になりますが、「昼あんどん」ジョシュからは何の手応えも得られません。無反応=愛情不足だと読み取る度に「私を感じて、癒して、幸せにして!」とアピールしてしまいます。このまま何もなかったように結婚生活を続けて良いものか?それは、単なる妥協ではないのか?と不安になり、「私には、まだ幸せになる権利が残っている筈!」と主張するモリー。ジョシュには権利はないのでしょうか?

結婚歴18年のシンとヤヤ
シンのドラゴン度:65%
ヤヤのカメ度:80%

「暖かい寝袋」ヤヤ(左)は、学習性無力感のかたまり。「口は災いの元」を絵に描いたようなシン(右)。Courtesy of Showtime

 

中年の危機を迎えたシンは、主婦・母親役に甘んじているヤヤに全く魅力を感じなくなってしまい、このまま人生が終わってしまうの?と不安を感じています。もっと自由気ままに生きたいと願うシンにとって、ヤヤは「暖かい寝袋に入っているようで、居心地は良いけれど、何の刺激もないし、窮屈で息がつまりそう!」な存在でしかありません。安定をとるか、刺激をとるか?の板挟みに陥って、結婚を考え直すシンの現状に全く動じないヤヤは、正に甲羅に閉じ籠ったカメです。

カオスの真っ只中で育ったヤヤは、無責任で有言不実行の母親に未だに憤りを感じており、一方シンは叔父に性的虐待を受けた時、救いの手を差し伸べてくれなかった母親とは疎遠になっています。シンの葛藤や不安を理解しようともしないヤヤは、自分の毒親と同一に映ってしまい、妻として魅力を感じなくなるのも頷けます。

毒親に育てられた二人が、親との対話を再開すると同時に、現実逃避するために甲羅に閉じこもったヤヤが冒険心を取り戻し、シンの望みが叶ってハッピーエンド!かと思いきや、口は災いの元を地で行くシンの無神経な一言がセラピーの成果を台無しに. . .

結婚歴8年のインディアとデール
インディアのドラゴン度:70%
デールのカメ度:85%

インディア(左)を箱に入れて分類したがるデール(右)と’怒れる黒人女’の扱いに手を焼く’怒れる黒人’。Courtesy of Showtime

 

初婚のインディアは、バツイチのデールが、いつも先妻と比較して、箸の上げ下げに文句をつけるのを煙たがっています。舞台女優のインディアは社交的で積極的なキャリアウーマンですが、幼い娘を夫に任せて、夜仕事に出ることに引け目を感じている為、デールの言動が全て「母親失格!」となじっているように見えて仕方がありません。

デールは、牧師の祖父に厳しく育てられて、早くから穏やかで人当たりの良い黒人になる弛まぬ努力を続けてきました。ガイアナ生まれ、アンティグアで育ち、15歳でNYに移住したデールは、常によそもの意識が強く、バツイチになって更に心を閉ざしてしまいました。黒人男性であることを過敏に意識する余り、揉め事やいさかいを極力避け、心の奥底に封じ込めた怒りが漏れて出ないように細心の注意を払います。故に、インディアの言動に’怒れる黒人女’ぶりをかけらでも見出そうものなら、脅威を感じて、妻をたしなめて’触らぬ神に祟りなし’と撤退してしまいます。波風立てず、人知れず生きるように躾られたデールは、所構わず自分の意見を押し通そうとするインディアの勇気を称賛したい反面、いつかどこかで身の程知らずに天罰が下るのではないかと恐怖に駆られています。一挙一動に神経をピリピリさせて生きるデールから「だから、’怒れる黒人女’とは付き合わないようにしてきたのに. . .」と貶され、インディアは怒り心頭に発します。

インディアとデールは奴隷の迫害の歴史を引きずっており、被害者意識や制度的差別の他にも、’怒れる黒人女’や’怒れる黒人’の固定観念に雁字搦めになっています。

結婚歴7年のピンとウィル
ピンのドラゴン度:100%
ウィルのカメ度:100%

火を噴くドラゴンのようなピン(左)と叱られるのが怖い!と身動きもしないウィル(右)。Courtesy of Showtime

 

オープンマリッジ(お互いの合意のもとで、婚外恋愛/交渉を認め合う夫婦の形態)で出発した結婚は、ウィルが新婚4ヶ月にして、韓国に独り移住したことをきっかけに、捨てられたように感じたピンとの冷戦に変貌を遂げてしまいました。以来、「何をしても叱られるから、何もできない」と、ピンより12歳年下のウィルは完全に心を閉ざして、事態を改善しようとか自分を変えよう等の気力は全くありません。何度も夫婦カウンセリングを受けましたが、解決策に辿り着く前に、ピンが怒り狂ってセラピーに通うのを辞めてしまうので、何の成果もなく、今に至っています。何度も期待して裏切られた経験から、学習性無力感に陥り、ウィルは抜け殻のようになってしまいました。

心身共に毒親から受けた虐待への仕返しのように、ウィルに恨み言を並べては非難攻撃の雷を落としまくるピンは、正に火を噴くドラゴンそのものです。攻められれば攻められるほど、ウィルは後退するしかありません。夫の気持ちを汲み取るような優しさなどかけらもないピンは、同じく毒親から無視/迫害されて大人になったウィルが甲羅に閉じこもったまま、危機を凌ごうとすることが我慢なりません。ドラゴンは益々猛威を振るい、カメは突っつかれても蹴られて微動だにしません。グラルニク先生は、ピンとウィルのSM関係と解釈しましたが、ピア・アドバイザリー・グループからは「親子関係とも言えるのでは?」との指摘もあります。確かに、毒親から受けた虐待をそっくりそのままウィルに加えておきながら、つき合い始めた頃のような「ロマンチックなデートの最中にふざけるなんて、以ての外!」と、対等であるべき夫を叱りつけるのは、親子関係以外の何ものでもありません。

オープンマリッジを希望する割には、「不倫相手ばかりに注目して、私を蔑ろにする!」と烈火の如く怒るピンは、「あなたが求めている結婚と実際にやっている事は正反対です」とグラルニク先生に指摘され、遂に別れを決意します。ピンが想像していたウィルとの楽しい生活は、絵に描いた餅でしかなかったのです。ウィルは個人セラピーに通って、毒親に対する怒りから生まれた学習性無力感を深く掘り下げ/分析/理解して、先ず自分を許し、自分に優しくならなければ、他人を愛することなどできません。

今回、頻繁にカットで挿入されたピア・アドバイザリー・グループは男性4人、女性3人の計7人。人種差別に根差した固定観念から生まれたインディアとデールの対立や、ピンとウィルが築き上げた親子関係等、同僚の立場からグラルニク先生に指摘、サポートする。Courtesy of Showtime

 

男は女の涙に弱いと言われますが、女の怒りにたじたじとなる男の方が圧倒的に多いと思います。男は人前で泣けませんが、女が人前で怒ることは絶対に許されません。尤も、怒りの定義が十人十色です。伝統的に女が怒りを表現するのはご法度でしたから、下手に自分の意見を述べただけでも「感情的になっている」とか「怒っている」とたしなめられることも多々あります。笑福亭鶴瓶の口癖「怒ってはるんですか?」と聞きたくなるような極めて闘争的な言語もあれば、「それを言っちゃあ、お終いよ!」と意見したくなるような攻撃的な言葉・言い回し・トーンを使うから、怒っているように聞こえることもあります。自分の意見を言うことだけで精一杯だと、相手の言う事は耳に入らず、口を挟む隙を与えたくないがために、言いたいことをまくし立てると言う怒りの表現もあります。この10年、トーク番組でホストの心理学者に負けじとばかりにまくし立てるゲスト出演者(患者)が急増し、どちらの言い分も聞き取れず会話にならないケースを多々観ました。何れにしても、女は意見を述べる機会が従来少なかったので、特に怒りの表現は下手で当然です。但し、恋愛や夫婦関係では、今回ご紹介した火を噴くドラゴンに映る可能性が高いので、お薦めできません。怖気付いた男は不動のカメになるか、すたこら逃げ出してしまいます。

もう一点、「Couples Therapy」シーズン3第1部を観て気が付いたのは、男性脳と女性脳の通信線の違いです。男性脳には「事実の通信線」という名の通信線が1本ありますが、女性脳には「事実の通信線」に加えて「心の通信線」の計2本があります。女同士の会話は、先ずは心の肯定で始まり、事実を否定するか肯定するかは各自の自由です。夫/彼に職場での不平不満を並べると、妻/彼女の気持ちにはお構いなしに、問題を解決しようと躍起になり、共感(心の肯定)してくれないばかりか、「それは、君が悪い!」と責められて、憤慨した経験はありませんか?「事実の通信線」しかない男性脳には、心の肯定をする能力が備わっていないので、仕方がありません。道理で、「分かる。辛いねー」と言ってくれる女友達に頼りきってしまう訳です。