パラマウント映画撮影所前でピケを張るWGA組合員。6月30日契約切れのSAG組合員16万人がストに突入すれば、ハリウッドは完全に停止状態となり、ホテル、レストラン、セット建設業者等、波及効果は益々広がる。コロナ禍が収まり、経済も回り始めたばかりだと言うのに. . . Photo: Jim Ruymen/UPI/Shutterstock

全米映画テレビ制作者協会(Alliance of Motion Picture and Television Producers=以下省略してAMPTP)と6週間に及ぶ賃金や労働条件等の集団交渉が決裂した結果、全米脚本家組合(Writers Guild of America=以下略してWGA)に所属する1万1500人強は、5月2日ストに突入しました。スト開始9週目にして、お互いに歩み寄る気配は一切なく、ハリウッド(=エンタメ業界や付随する各種のサービス業)にストの波及効果が顕著に現れています。ストが終わるまで、脚本家/放送作家は新しい作品を書かず、既存のプ企画の作業は停止、新企画の売り込み交渉も禁じられています。従って、新ドラマは撮影できる脚本(既にギャラを支払ったもの)があっても、実際に撮影を始めると訂正や書き直しが不可欠となるため、ストが終わるまで保留状態、更新されたシリーズものは制作一時停止となっており、今秋に始まる/再開される作品(主に地上波局かケーブル局の)に影響が出ることは今や必至です。

長期ストを覚悟して、私が取引している信用組合First Entertainment Credit Unionから、収入が見込めない業界関係者宛に、「低金利ローンを組んで生き永らえる準備をしましょう!」とメールが毎日にように舞い込みました。コロナ禍の真っ最中は失業保険で食い繋ぐ人がほとんどで、低金利ローンのオファー等なかったので、長期化を見越して相当な危機感を感じている証拠だと読みました。

私の仕事関係への大波は、7月28日〜8月11日まで予定されていたテレビ評論家協会(TCA)の夏のプレスツアーのキャンセルという形で押し寄せて来ました。制作発表したくても、ストで何もかもがストップしてしまったからです。

5回分をヴァーチャルで実施した後、今年1月に漸く再開の運びとなったTCAプレスツアー。AMCの新コメディー「ラッキー・ハンク」のパネルインタビューの模様。Courtesy of AMC

 

スト突入当初は、撮影所の前でピケを張ってWGA組合員以外のクルーや職人/技術者/スタッフ等が出勤するのを阻止しつつ、プラカードを掲げて団結を表明していましたが、5月末辺りからはWGAのベテラン組合員が、国際舞台演劇映画従事者組合(略してIATSE:カメラマン、メイクやヘア、ロケーションマネージャー、特殊効果などの映像系エンタメの裏方に属する職人の労働組合)や米運輸労働組合(チームスターズ労働組合:トラック運転手を含む映像系エンタメの運輸全般に関わる労働者組合)の協力や垂れ込み情報を得て、撮影現場に乗り込み、制作を中断させた上、そのまま停止に持ち込むゲリラ戦に出て、功を奏しています。ストは制作保険ではカバーされないので、1日20〜30万ドルの損失が出る上、コンテンツのパイプラインを切断することで、AMPTP会員の懐を痛めるのに効果があるからです。しかし、長期化すればスタッフライター職のみならず、撮影所のお抱えライター/プロデューサー等、創作に関わる肝心要の人間(生身の)の存在自体が危険に晒される可能性があります。パラダイムシフトしたエコシステムで生き永らえるために、今死にもの狂いで団体交渉をして待遇改善を勝ちとらなければ、ライターのみならずクリエイティブ(独創的なアイデアを脚本・演技・監督・プロデューサー等の形で表現するプロ)人間の存亡の機だからです。

5月24日、上記のゲリラ作戦で撮影中断から停止に持ち込んだ「ビリオンズ7」。後日、撮影班を大型バスに詰め込み、ピケを突破しようと企てたが、見破られて撮影所に入る事ができなかったと報じられている。数々の小競り合いがあったにも関わらず、8月11日Paramount+ with Showtimeで、プレミア・ケーブル局Showtimeでは8月13日に配信/放送開始となる。WGAのストが始まる以前から撮影に入っていたに違いないが、Paramount+ with Showtimeローンチに花を添える「ビリオンズ7」への期待度が伺われる。

 

2007年のストは100日間続いて、冬のツアーが入会して初めてキャンセルとなり、衝撃的な出来事だったことを覚えています。16年前のストがロサンゼルスにもたらした損失は20億ドル(当時約2千4百億円)余りと言われていますが、インターネットからのダウンロードやオンデマンド配信等、「新しいメディア」でのコンテンツ配信に二次使用料(レシジュアルと呼ばれる著作権への追加報酬 )を払え!が主な要求でした。当時、ネットフリックスはDVDを郵送するビデオレンタルに毛の生えたようなサービス業でした。動画配信のコンセプトすらなかった時代ですから、シリコンバレーに根付いたテック会社アップルやアマゾンが、ハリウッドに乗り込んで来る等、誰が想像したでしょう?尤も、マイクロソフトは昔からハリウッド進出を虎視眈々と狙っていましたが. . .

今回のストは動画配信事業が主流となり、エンタメ業界のエコシステムが豹変した結果、これまでなしくずしにされていたライターの報酬、労働時間、拘束期間、二次使用料等の待遇改善並びに番組作りにAI(人工知能)をどこまで導入・許容するかを含む、テクノロジーがもたらしたパラダイムシフトの弊害を乗り越えて如何に生き延びるかが課題です。クリエイティブ人間存亡の機だと警鐘を鳴らす今回のストは、ハリウッド史上初の死闘となりそうです。100日ではとても解決できそうもない上、大手制作会社はストリーミング契約者数の増加や利益増に気を良くして、自社CEOや幹部には巨額報酬を与える傍ら、放送作家をギグワーカー扱いして搾取し続け、報酬格差は広がる一方です。因みに、WGA側の要求が金額にすると年間4億2900万ドル(約580億円)相当の待遇改善であるのに対して、AMPTPからの提示は8600万ドル(約120億円)と、およそ5分の1程度のお粗末さです。

動画配信ブームで以前の4〜5倍のテレビ番組や映画が制作されるにも関わらず、執筆業が安定した仕事ではなく、ギグワーク(フリーの立場で単発か短期で働いて食いつなぐ働き方)となりました。
1)最低賃金や二次使用料の引き上げ等、作品の成功に見合った公正な報酬を要求(ネットフリックスが視聴率を公表せず、それに基づいた二次使用料の計算式を弾き出せない=規則が’まだ’ないことを理由に、100人が観ても100万人が観ても一律の二次使用料しか払わず、計算式を編み出すことも拒否しています。要は、支払いたくない!と言うことです。)
2)賃金が下がる割に拘束時間やタダ働き時間が増加の一途を辿る(明らかに酷使には違いありませんが、どの業界でも同様のことが起こっていると思いますが. . .)
3)承認前の企画への最低保証を要求
4)スタッフライターの人数確保等の労働環境改善を要求

コンテンツを安価に大量生産する動画配信会社は、「ミニルーム」と呼ばれる2〜3人のライターに1シーズン分(6〜10話に応じて拘束期間が変わる)を書き上げさせ、撮影が始まる時点ではライターは次の企画に移行しているため、何の関与もしない書きっ放し状態となっており、手直しはどうするのか?誰がヴィジョンを貫くのか?等、問題が山積みです。ビジョンぶれぶれか、パイロット版を10話に水増ししたような希薄な作品が多々見られるのは、制作上肝心要のプロセスをはしょる動画配信会社の杜撰経営の結果です。

嘗てレガシー地上波局は、7〜8名のスタッフライターの29週間雇用を保証し、年間22本の脚本を書いて、1シーズンとしました。他の地上波局との視聴率合戦に勝つために、独創性の高い作品を書ける優秀なスタッフライターを優遇する必要があったからです。しかし、ケーブル局の台頭は、1シーズン13話システムを生み出し、動画配信会社に至っては、1シーズン10話が普通で、6話でシーズン完となるドラマもあります。1シーズンを6話で完結する英国の秀作も多々ありますが、米国ではHBO、 Showtime、 Starz等のプレミア・ケーブル局が差別化を図るための苦肉の策が6〜8話限定シリーズです。長期拘束を嫌がる映画スターが、逸話数の少ないドラマなら出演しても良いと妥協したからです。

 

ABCで人気を博した法廷ドラマ「マットロック」(1986〜95年)のリメイク版。今秋、CBSの新作としてデビューする予定だった「マットロック」は、ベテラン映画女優キャシー・ベイツを女版マティー・マットロックに起用した。(c) Brooke Palmer/CBS

 

エンタメ業界誌「バラエティ」の統計によると、2007年のスト収束後の09〜19年の10年間に脚本家の数は70%増加し、若手の脚本家が多数業界に参入しました。狭き門になってからスタッフライターとして活躍するようになったあるエグゼクティブ・プロデューサー(アラフォー)は、23年5月17日号の「ハリウッドレポーター誌」にテレビ業界のベテランからギグワーカーへの転落を匿名で投稿。「2008〜12年地上波局のシリーズものを書いて、年間22本を輩出した。ケーブルに移ってからはシーズン13話に短縮されたので、1年に2本のシリーズで間に合わせた。動画配信会社は6〜10話でシーズンが完結するので、最近(2018〜21年)は年間3本のシリーズをこなさないと食べていけなくなってしまった」と述べています。「過去の栄光を追いかけて、年間3本以上の企画を渡り歩き、当然、タダ働きもした。もう、クタクタ!こんな執筆マシーンにならないと食べていけないなんて、情けない」と、今やキャリアではなく、単なるギグに成り下がってしまった惨澹たる現状を嘆きます。

何を隠そう、私もスタッフライターになってエミー賞最優秀脚本家賞を手にする夢を抱いた時期もありました。卒論用に映画の脚本(120ページ)を書きましたが、四六時中シーンやセリフが頭の中を駆け巡り、休まることがない数年でした。つまり、創造の世界にどっぷり浸かっていなければ、良いものは書けないと悟りました。更に、テレビ評論家になって、大勢の天才的放送作家からドラマ作りの神髄を学ぶ度に、独創的なアイデアを生み出す放送作家の頭の中を覗いてみたい!と驚嘆し、同時に私にはとても真似のできない神技だと畏敬の念を抱くようになりました。エンタメ業界に足を踏み入れたのが遅かったこともあって(何しろ転職4度目にして辿り着いた天職です!)、無から唸るほどの秀作を生み出す苦しい作業を29週間続けるマラソンに参加する体力も気力もないと気づいて、諦めた次第です。ですから、ベテランからギグワーカーへの転落記を読むと、万が一苦労して夢を叶えたとしても、結局はあんなに我武者羅に働いたのに、何のこっちゃ!と今頃後悔しているだろうと想像すると、負け惜しみではなく、スタッフライターにならなくて良かった!と思う私です。テレビ評論という名の短距離ランナーであれ、人気番組のスタッフライターという名のマラソンランナーであれ、無から何かを捻り出して言葉で表現する同じもの書きとして、今回のストはとても他人事とは思えません。プラカードを持ってピケを張ることはできませんが、何らかの形で応援したいと思い、存亡の機にある執筆業について考えてみました。

更に、今回のストで動画配信会社のブラック企業振りよりも世界の注目を集めているのは、遂にハリウッドにもAIの魔の手が伸びて、生身の人間にとって替わるのか?と言うSF的問いかけをせざるを得ない存亡の機にあるからです。数年前に観たSFサスペンス「ヒューマンズ」は、生身の人間と’シンス’と呼ばれる人型アンドロイドが共存する近未来社会で、AIが経済・雇用・産業・文化にもたらす功罪を描きました。’シンス’が接客、清掃、介護、農業から主婦業/育児まで担う近未来が描かれますが、AIが人間の仕事を奪う脅威は、今回のストでも明白です。テクノロジーがハリウッドで働く「人も羨む」クリエイティブ人間の生活を脅かし始めたからこそ、WGAは戦々恐々として、AIの濫用を阻止するガードレールを作っておかないと、執筆業自体が機械化されてしまいかねないからです。人員/経費削減を目指す制作スタジオや動画配信会社は、既に特殊効果、吹き替えや字幕挿入作業、視覚効果(俳優を若返らせたり、声を若返らせたり)等、様々な用途にAIを使っています。

地上波局最期のヒット作「グッドワイフ」のスピンオフ「エルスベス」もCBSの今秋の目玉ドラマだったが、いつになったら陽の目を見ることやら。「グッドファイト」に続く、ロバート&ミシェル・キングがお届けするスピンオフ2作目は、大ピンチお助け弁護士エルスベス・タシオネ(キャリー・プレストン)がNYPDのコンサルタントとして事件を解決する女コロンボ版?(c) Elizabeth Fisher/CBS

 

この半年で、大規模言語モデルと呼ばれるAIアルゴリズムの性能が驚異的な飛躍を遂げたことに端を発して、AIの潜在的な脅威が世界中の注目を集めています。AI開発/研究に従事する人や哲学者が、いずれ核戦争やパンデミックに匹敵する人類存亡の機となる危険性を秘めていると警鐘を鳴らし、世界を震撼させています。WGAが危惧するのは、契約者数が頭打ちになり、嘗てまかり通っていたネットフリックスのビジネスモデルが通用しなくなった今、AIにヒット作を書かせて経費削減(固定費を減らして職場の効率化を図る)に繋げ利益を出そうと目論んでいることです。AIをどこまで導入・許容するかを現時点で法整備し、AI濫用を防いで、生身のクリエイティブ人間を保護するガードレールを設置するのは、今しかない!からです。

当分、AIのみが書いた作品をそのまま公開/放送/配信するほど大胆無敵な会社はないと思いますが、倫理的な理由からではなく、コンテンツがパブリックドメインになると、商品化やスピンオフ、フランチャイズ化ができないため、利益に繋がらないからです。WGAが恐れているのは、原作をAIに書かせて、ベテラン放送作家に書き直し作業を低賃金(時給とかパートで?)でさせるライターの降格です。言語モデルは生身の人間が作成した文章を大量に学習させて、ある文字列に続くべき単語を予測できるように訓練された人工ニューラルネットワークで構成されています。AIの学習にライターの血と汗の結晶とも言うべき執筆コンテンツを使用してくれるなと言う、基本的な問題もあります。

同様の事が、翻訳業界でも起こりました。先ず、生身の人間が過去に訳したものをAIが学習して人工ニューラルネットワークが発達しました。今では機械翻訳したものを、時給を叩かれた(?)生身の人間が編集して完璧な訳文になります。勿論、元の文書はすでに存在しているので、産みの苦しみはライターのそれとは比べ物になりませんが、私にも少なからず影響があった、AIが変えた仕事の実例です。尤も、1語10セントの世界ですから、しがみついている気はサラサラ無いギグワークだったわけですが. . .

機械翻訳と言えば、最近よく見かけるようになった、意味不明の和訳記事を堂々と発表している国籍の分からない摩訶不思議なサイト。数行読めば、日本人が書いた文章ではないと分かるほど、ちんぷんかんぷん。私は、言葉に拘るもの書きの端くれですから、こういうサイトが存在していること自体が問題!と抗議したくなります。しかし、デジタル・ネイティブ世代の甥っ子が、「概要が掴めれば良い!」と言うのを聞いて、目から鱗が落ちる思いでした。デジタル・イミグラントが難癖を付ける和訳も、アバウトなネイティブ世代はそれ程気にも止めません。こう言う拘りのない人達が世の中を動かす様になると、AIが書いた映画やドラマを何の抵抗もなく「こんなもん?」と受け入れて、当たり前になってしまうのかも知れません。ひょっとしたら、AIに戦々恐々としているWGA組合員が失業・退職・転職に追いやられて、母の日に送るカードのメッセージをAIに書かせる若者達と交代し、心も魂も吹き込まれていない、味も素っ気もない作品を次々と生み出して良しとする日が、すぐそこまで来ているのかも知れませんね?それでなくても、唸る程の秀作が年々減少の一途を辿っていると言うのに. . .

完全に停止状態のハリウッドですから、6月30日に契約切れとなる俳優組合(SAG)がストに突入するのは目に見えています。和解したところで、肝心の脚本が無ければ、制作できませんから、17万2000人弱の団体が大企業に立ち向かう好機かも知れません。クリエイティブ人間対金の亡者の闘いは、いつまで続くのでしょうか?