2020年に成立した年金制度改正法では、「年金の受給開始年齢が75歳まで選択可能になる」という内容が注目を浴びました。特に「自分たちの世代は年金がもらえないのではないか」と不安を感じる若い世代の中には、この法案の内容を「国が年金の受給を75歳まで遅らせることができるようになった」と誤解している人もいるようです。実際に今回の改正法で年金はどのように変わるのでしょうか。

年金の受給開始年齢が75歳まで選択できる意味

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「年金の受給開始年齢が75歳まで選択できる」ということは、年金を受け取り始める年齢をみなさん自身が「75歳までの間で自由に選べる」ということです。

現在の年金は原則として65歳から受給を開始しますが、実はその受給を開始する年齢は60歳から70歳までの間で選べます。今回の改正法では、この受給開始を選べる年齢の幅が60歳から75歳まで拡張されます。

繰上げ受給と繰下げ受給

(写真=PIXTA)

受給開始年齢をただ選べるだけであれば早く受給を開始した方が得に思えます。しかし、年金を早くもらう繰上げ受給では1ヵ月早くするごとに0.5%(1年で6%)年金額が減り、逆に遅くもらう繰下げ受給では1ヵ月遅くするごとに0.7%(1年で8.4%)増える仕組みになっています。

表.年金の受給開始年齢ごとの年金額の増減率

受給
開始年齢
60歳 61歳 62歳 63歳 64歳 65歳 66歳 67歳
年金額
の増減

30%

24%

18%

12%

6%
±0
8.4%

16.8%
受給
開始年齢
68歳 69歳 70歳 71歳 72歳 73歳 74歳 75歳
年金額
の増減

25.2%

33.6%

42%

50.4%

58.8%

67.2%

75.6%

84%

今までは年金の繰下げ受給は70歳まででしたが、今回の改正では最大75歳まで受給開始を遅らせる代わりに84%増額した年金を一生涯受け取れるようになります。

ただし、「平成30年簡易生命表(2018)」によると、60歳の人の平均余命は男性で23.84年、女性で29.04年となっており、受給開始年齢を75歳からにすると男性では9年弱、女性でも14年程度しか年金が受け取れない計算です。84%年金が増額されても生涯でもらうトータルの年金額では損になるかもしれません。この点には注意が必要です。

高齢者の社会進出を後押しする改正

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年金の受給開始年齢が伸びるメリット・デメリット

日本では高齢になっても元気で、まだまだ働きたいという人が増えています。今回の年金の改正で、例えば「73歳まで働いて収入を得て、それ以降は増額された年金で生活する」というように、老後も働く予定のライフプランが立てやすくなるでしょう。

ただし、年金が増額されると1年間の収入も増え、その分納める税金も高くなります。また、上述のように思ったより長生きできなかった場合には、生涯でもらえるトータルの年金が少なくなってしまいます。

その他の改正

今回の年金制度改正法では、64歳までの在職老齢年金の支給停止の範囲も見直されました。働きながら年金を受け取っている人は、今までであれば賃金と年金の合計額が28万円を超えれば支給停止が開始されましたが、今後はその額が47万円になります。

また、老後資金形成のための制度として注目を浴びるiDeCoへの加入可能年齢も、60歳未満から65歳未満に引き上げられます。つまり、老後資金を準備できる期間がより長くなります。

今回の改正は、全体的に60歳を超えてもできるだけ長い間働きたいと考える人にとって、より選択肢が増える内容と言えるでしょう。

 

選択肢は増えるが利用するかはライフプランに応じて決めよう

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今後、老後も働く人はますます増え続けることが予想されます。2020年に施行された年金制度改正法はそうした社会の変化に対応するものであり、長く働きたい人にとっては選択肢が増えることになるでしょう。ただ、選択肢が増えるからといって、安易に利用すると結果として損をすることにもなりかねません。自分のライフプランに応じて年金プランを検討することが大切です。

 

文・松岡紀史
肩書・ライツワードFP事務所代表/ファイナンシャルプランナー
筑波大学経営・政策科学研究科でファイナンスを学ぶ。20代の時1年間滞在したオーストラリアで、収入は少ないながら楽しく暮らす現地の人の生活に感銘を受け、日本にも同様の生活スタイルを広めたいという想いから、 帰国後AFPを取得しライツワードFP事務所を設立。家計改善と生活の質の両立を目指し、無理のない節約やお金のかからない趣味の提案などを行っている。

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