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【水先案内人 高崎俊夫のおススメ】宿命の女 ルイズ・ブルックス 『ハリウッドのルル』刊行記念
サイレントからトーキー初期にかけてそのあまりに誘惑的なボブヘアで日本でも熱狂的なファンを擁した映画史上最高のファム・ファタール(宿命の女)がルイズ・ブルックスである。かつて1980年代には、彼女のカルト的信奉者であった作家の大岡昇平が豪華本『ルイズ・ブルックスとルル』(中央公論社)で熱烈な賛辞を捧げたことはよく知られている。シネマヴェーラ渋谷の特集は、最重要文献であったルイズ・ブルックスの回想録『ハリウッドのルル』(宮本高晴訳・国書刊行会)の刊行を記念して組まれたものである。
ルイズ・ブルックスは皮肉な厭世家で、ショーペンハウエルやプルーストを愛読するほどの類まれな知性派であり、辛辣なハリウッドの観察者であった。本書でもリリアン・ギッシュ、ハンフリー・ボガートといったスターたち、彼女の出世作『パンドラの箱』(29) の監督、G・W・パプストらをめぐる秀逸なポルトレは読み応えがある。今回の特集では、本書で言及されているスターたちの主演作であるヴィクトル・シェーストレムの名作『風』(28) や『化石の森』(36) も合わせて上映される。
ルイズ・ブルックスの出演作品は七本上映されるが、どれも必見である。ドイツ表現主義の代表作としても知られる『パンドラの箱』と『淪落の女の日記』(29) については、映画史家ロッテ・H・アイスナーが名著『魔に憑りつかれたスクリーン』の中で次のように書いている。
「彼女は何の指示も必要とせず、ただスクリーンを横切ればその存在だけで芸術作品を生み出す、そんな女優だったのである。ルイズ・ブルックスは感情をほとんど表に出さず謎めいているにもかかわらず、この二本の映画の至るところに抗しがたく存在している」
たとえば奔放なフラッパーを演じた『百貨店』(26) や胡散臭い詐欺師役を得意とした喜劇人W・C・フィールズと共演した『チョビ髭大将』(26) ではルイズ・ブルックスのコメディエンヌとしての魅力が楽しめる。だが、やはり、二人の男を手玉に取るハワード・ホークスの『港々に女あり』(28) や、気まぐれな思いつきでミスコンの応募し、恋人を破滅へと追いやってしまう『ミス・ヨーロッパ』(30) のヒロインが体現する「感情をほとんど表に出さず謎めいている」無邪気さこそ、ルイズ・ブルックスの真骨頂といえるだろう。
極め付きは、性的虐待ゆえに養父を殺してホーボーとなったルイズ・ブルックスと彼女を救ったリチャード・アーレンとの逃避行を描くロード・ムーヴィー『人生の乞食』(28、ウィリアム・ウェルマン監督) である。この名作におけるハンティング帽をかぶった男装のルイズ・ブルックスはまさに神話的な輝きを放っている。プレストン・スタージェスが『サリヴァンの旅』(41) で、ホーボー姿に身をやつし、やはりハンティング帽をかぶった男装のヴェロニカ・レイクを登場させたのは、むろん『人生の乞食』へのオマージュであった。