今春、一番面白いスパイ・アクション・スリラー。主役ピーター・サザーランド(ガブリエル・バッソ)は、FBI捜査官と言うよりは体型的に軍人風で、「タイムレス」の元デルタフォース隊員ワイアット・ローガン(マット・ランター)とよく似ている。ピーターが命がけで救うローズ・ラーキン(ルシアン・ブキャナン)も、同じく「タイムレス」のルーシー・プレストン(アビゲイル・スペンサー)を彷彿とさせる、小柄でもパワフルな女。更に、ピーターとローズの関係もスローモーで進行と、クリエイターのショーン・ライアン好みのキャラコンビと恋の展開になっている。

3月1日に放送開始となったCBSの「トゥルー・ライズ」(映画のリブート版)、12日から始まったダミアン・ルイス主演の「ア・スパイ・アマング・フレンズ」(原題「A Spy Among Friends」)、26日にParamount+で配信開始となったキーファー・サザランド主演の「ラビット・ホール」(原題「Rabbit Hole」)、更に4月28日にアマゾン・プライムで世界デビューを控えているリチャード・マッデン、プリヤンカ・チョープラ・ジョナス主演の「シタデル」など、今春はスパイ・アクション・スリラーが次々とお目見えします。

3月23日、世界同時配信となった「ナイト・エージェント」は、1月にスクリーナーが送られて来て以来、最も期待を寄せていた私好みの人間ドラマです。パイロット版を観終わった瞬間、「こんな面白いドラマ、誰が書いたんだろう?」と早速調べてみたほど。そして、脚本・制作総指揮・ショーランナーが、私の大好きなショーン・ライアンだと判明した瞬間、「でしょうね!」と大いに納得しました。

 

マシュー・クワークの同名のベストセラー小説を基に、古くは「ザ・シールド」「ザ・ユニット」「シカゴ・コード」「ライ・トゥ・ミー」「ラスト・リゾート」、最近では「タイムレス」「S.W.A.T.」等でお馴染みのショーン・ライアンが久々に書き下ろしたスパイ・アクション・スリラーです。パンデミックによる外出禁止令執行中、別荘に5日籠って書き上げた意欲作だけに、キャラの魅力で第一話から視聴者の心をしっかりと捉え、最後まで見届けたい!いや、見届けなければ気が済まない!と思わせる、ライアンらしいきめ細やかで、しかも唸るほど面白い作品に仕上がっています。

原作だけでは10話を埋めることができないため、1)長年温めて来た米副大統領の娘付きのシークレットサービス護衛官二人(前大統領の盾になったベテランの男性と大統領付きを目指す若い女性)を加え、2)原作には登場しない女殺し屋を加え、夫婦ごっこに興じる残忍極まりない殺し屋ペアとし、3)副大統領の父娘関係を描きたかったので、大統領は女性とする等の工夫を凝らして、10話で綴るシーズン1になりました。つまり、「ナイト・エージェント」は、陰謀を阻止するために、秘密と嘘を暴いていく駆け出しFBI捜査官の活躍ぶりを迫力あるカーチェイスや痛快アクションで綴ると同時に、日々男女が繰り広げる職場でのドラマ(性別による働き方/考え方/ものの見方の違い)を存分に盛り込んだ、人間味豊かな陰謀アクション・スリラーです。究極のスパイ・アクション・スリラー映画「追い詰められて」(1987年)を観ているような、ワクワク、ドキドキ、手に汗握る緊迫感を久し振りに味わうことができました。

たまたま乗り合わせた地下鉄で爆弾を発見し、咄嗟に電車を止めて乗客を避難させ、被害を最小限に抑えたピーター・サザランド(ゲイブリエル・バッソ)。「偶然の英雄」になった駆け出しFBI捜査官を待ち受けていたものは? (c) Netflix

 

ピーター・サザランド(ガブリエル・バッソ)は、ホワイトハウスの地下室で、ナイト・エージェント(対諜報活動に従事する精鋭)の緊急非常用直通電話の夜勤(午後8時〜午前4時)交換手を勤める駆け出しFBI捜査官。いくら下っ端と言えども、ピーターが「110番配車係に毛の生えたような」退屈極まりない仕事に甘んじているのは、大統領の首席補佐官ダイアン・ファー(ホン・チャウ)が、’裏切り者’の汚名をきせられた亡父の存在には目もくれず、メトロ爆破事件の手柄を買って、肩入れしてくれたからです。「じっと我慢の子で勤め上げれば、いつか日の目を見る日が来るから」と説得されたピーターは、周囲の冷たい視線を感じながらも、穴蔵のような密室で鳴らない筈(?)のホットライン番をしています。

緊急非常用の電話がかかるのを待つ間、与えられた資料を分析するのもピーターの仕事。一度だけ、間違い電話がかかって来たことがある。(c) Netflix

 

「侵入者に殺されそう!助けて!」というパニック電話がかかった夜、ピーターの退屈な公職人生が180度転換し、想像だにしなかった陰謀の渦に巻き込まれて行きます。運命の電話をかけて来たのは、叔母夫婦宅に泊まっていたローズ・ラーキン(ルシアン・ブキャナン)。ピーターの指示で九死に一生を得たローズを待ち受けていたのは、叔母夫婦が話していた陰謀の首謀者/共謀者が暗躍する魑魅魍魎の政界です。仕事も家族も何もかも失って天涯孤独になったローズは、行政当局から再三出頭を命じられますが、ピーター以外は誰も信用できず、殺し屋ペアの執拗な攻撃を交わしながら、叔母夫婦が惨殺された理由を探り出します。

ローズ・ラーキン(ルシアン・ブキャナン)は、コンピュータの達人でサイバーセキュリティのスタートアップ会社を立ち上げたテック起業家。少々、オタクっぽいところもあるが、ピーターよりは遥かに大人だし、たくましい。(c) Netflix

 

そんな疑心暗鬼のローズに「命をかけて君を守るように命じられた」と宣言するピーターは、お伽話に登場する「白馬の騎士」を彷彿とさせる、英雄です。しかし、裏切り者の汚名をきせられたまま事故死した元諜報員の息子という立場上、ダイアンやFBI上司が代表する政府や権威に楯突くこと等以ての外で、周囲の目を気にしながら、完璧な「戦士役」を務めようとします。

一方、「白馬の騎士」が命がけで守らなければならないローズは、お伽話に登場する典型的な「囚われの姫君」(=か弱い、犠牲者)ではありません。民間人でしかも起業実績もあるディスラプター及びイノベーターですから、「ルールなんてあって無いようなもの。無視無視!」と、杓子定規で経験の浅いピーターに「元気、やる気、勇気」を伝授するリーダータイプです。腕力では、完全に優っている筈のピーターですが、ローズが手を貸す事もあります。それでも、ピーターは自分より優位に立つローズに反撥したり、脅威を感じたりはしません。女と見ると、上から押えこもうとする有害な男らしさに慣れている私に言わせれば、ピーターは新世代の「白馬の騎士」です。「女のくせにしゃしゃり出るな」「男は太っ腹であるべき」などと議論している余地がない緊急時だからかも知れませんね?(笑)あるいは、このお伽話の主人公は、二人とも新世代の「白馬の騎士」で、臨機応変に陰になり日向になりながら、権威や敵に刃向う新型コンビなのかも知れません。頼もしい限りです。

チェルシー・アリントン(フォーラ・エヴァンス=アキンボラ)とエリック・モンクス(D・B・ウッドサイド)は、副大統領の娘付きのシークレットサービス護衛官。大学のキャンパスで、年頃のお嬢様を隠密に警護するのは至難の業だ。(c) Netflix

 

もう一つ私が拍手喝采を贈りたいのは、「一目惚れは嘘っぽい、恋は時間をかけてこそ実るもの」と言うライアンの物書き哲学です。恋に落ちる過程をゆっくり描く時間的余裕がない映画には、「即効カップルが多過ぎて興醒め!」と批判するライアンだからこそ、ピーターとローズの恋には時間をかけました。見ず知らずのピーターとローズが殺し屋に追われながらも、寄添って謎解きをしているうちに、信頼関係を築き上げ、次第に心を開く過程を、ライアンはきめ細やかに描いています。尤も、二人の出会いから結末までは1週間程度ですから、スローモーとは言い難いかも知れませんが、蕾が太陽の光を受けてゆっくり開花するように、お互いの考え方を理解し、一期一会に感謝しながら、共に成長して危機を脱しなければ、恋なんて芽生える筈がないからです。

次々と「知り過ぎた邪魔者」を消して行くのが仕事のデール(フェニックス・ラエイ)とエレン(イヴ・ハーロウ)。警戒心を抱かせないようにと、常にペア(恋人か夫婦を装う)で仕事をするようになったが、エレンはデールと夫婦ごっこをしているうちに、本気になってしまう。(c) Netflix

 

ピーターに抜擢されたガブリエル・バッソを最後に観たのは、「キャシーのbig C いま私にできること」で、キャシー・ジェイミソン(ローラ・リニー)の独り息子アダムを演じていた時でした。あの文句タラタラだったティーンエイジャーが、こんな立派な「白馬の騎士」に成長したとは!感激です。私は、ローズほど気丈なリーダー格女ではないので、「僕は命をかけて君を守る」な〜んて言われたら、メロメロになりすがってしまいますが、これでも現実には「君は強いから、男なんて必要ない」と言われた口です。今だから、笑って言えますが、有害な男らしさの裏返しで、「男は女を守るべき。守れないなんて男じゃない!」と密かに抱いていた本音をしっかり見破られていたのかも知れませんね?「白馬の騎士」に救ってもらえなかった分、誰でも彼でも「救いたい!願望」の強い人間になってしまいました。本ドラマとは何の関係もない話ですが. . .(笑)

それにしても、ルシアン・ブキャナンは、利発で気丈なリーダー格ローズ(ライアンは、「アルファ・ウーマン」と称しています)を、あのようにさらっと嫌味なく演じられたのでしょうか?ローズの人生経験が浅いから、まだいけ好かない女になっていないからでしょうか?それとも、あれが女優ブキャナンの地なのでしょうか?そう言えば、私が今でもヒロインとして崇めているルーシー・プレストン(ライアンが「タイムレス」の主人公として描き、アビゲイル・スペンサーが演じた役柄)も、小柄の割に意志が強く、エネルギッシュなパワーハウスでした。キャスティング時点で、ライアンが選んでしまうのが、いつも女性の鑑となるような「アルファ・ウーマン」なのかも知れません。「二十代のヒーローを探すのは至難の業」と言うライアンが選んだバッソとブキャナンの新世代の「白馬の騎士」ぶりを是非、ご覧ください。

 

ポスターだけでも、少し逞しい大人の男になったように見えるピーター。シーズン2の内容は今の所不明だが、ライアンは1シーズン完結型として売り込んだので、シーズン1のキャラは登場しない可能性もある。このキャラを出さないといけないと言う強迫観念にかられず、ライアン独自の展開にして欲しい。「THIS IS US」の二の舞だけは避けてください。(c) Netflix

 

配信開始後、6日目の3月29日、ネットフリックスから好評につき「ナイト・エージェント」シーズン2更新のお知らせが舞い込みました。世界的大ヒット作「エミリー、パリへ行く」のシーズン2更新発表は、シーズン1配信開始50日後でしたから、6日目というのはネットフリックス史上初ではないでしょうか?又、2022年11月21日の週の5日間で、3億4千123万時間再生という驚異的な記録を出した「ウェンズデー」に次ぐ再生時間(4日間で1億6千871万時間)を記録した「ナイト・エージェント」でしたが、配信第二週目を加えた再生時間総計は3億8千5百万時間となり、スリラージャンルでは首位に躍り出ました。シーズン2更新が確約されて、益々好調な「ナイト・エージェント」は、今一番面白い人間味豊かな陰謀アクション・スリラーです。