終盤には、駅のホームで電車が走る騒音のなか、2人は気にすることなく手話で会話をしていた。最終話では紬が手話をする際に声に出すことが徐々に減っていく様子が見てとれ、ビデオ通話でも手話をとおして意思疎通ができるようになった紬と想。「音のない世界で出会い直す」とはこのことを指していたのではないだろうか。そして2人は「二人だけにはわかる」「魔法のコトバ」を獲得した。この“2人だけの言葉”こそ、セリフが明かされなかった耳打ちの部分だろう。その言葉が何であるのか、現在の想が本当に声を発したのかは関係ない。紬にさえ通じればいいのだから。そしてそれが伝わっているのは、紬の表情を見れば明らかだろう。1話をかけて紬と湊斗の別れを描いた『silent』らしい、これ以上なく丁寧に描かれた最終回だったと思う。
最後に出てきた花屋のエピソードで気づいたことだが、そもそも佐倉想(さくら・そう)という名前が象徴的だった。サクラソウ(桜草)という草花の花言葉は「初恋」「青春の恋」など。『silent』の高校時代は群馬県が舞台となっているが、群馬県桐生市には「サクラソウふれあい公園」もある。「お花は音がなくて、言葉があって、気持ちが乗せられる」と説明されるとおり、「佐倉想」は高校時代の紬と想を象徴するような名前であると同時に、紬に当時から想いを寄せていた湊斗、そして学生時代の奈々と春尾正輝(風間俊介)にもそのイメージが敷衍されるような、この物語のカギともいえるネーミングだった。ちなみにサクラソウの品種に「青葉の笛」があるのは偶然だろうか。
奈々は春尾にお祝いの花束を渡し、湊斗と想にそれぞれカスミソウを“おすそ分け”する。その「雪の結晶みたい」なカスミソウを湊斗は紬に渡す。そして紬と想はお互いにカスミソウを渡し合うのだった。カスミソウ(かすみ草)の花言葉は「幸福」や「感謝」。幸せのおすそ分けをし合うという展開もまた、善人しかいないといわれる『silent』らしい締め括り方だった。
カスミソウをお互いにプレゼントし合うというのは、高校時代にクリスマスプレゼントで同じイヤホンを渡し合ったエピソードと重ねられている。第2話の冒頭、高校時代に教室で話していた「紙を42回折ると月に届く」という他愛もない話を、「見える言葉」でまた話し、じゃれ合う紬と想は、音楽を聴くための機器から、8年後は「幸福」を贈り合ったのだった。