◆藤井風ほどのミュージシャンが知らなかったとは信じられない

 その上で考えるべき点が残ります。まずは本当に藤井風が「N」ワードとその背景を知らなかったのだろうか。邦楽、洋楽を問わず数多くの楽曲をカバーしてきた活動から察するに、豊富な音楽的素養を持ち合わせているものと思われます。当然その中には60年代、70年代のリズムアンドブルースやソウルミュージックの名曲も含まれるでしょう。

 だとすれば、ニッキー・ミナージュ以前に「N」ワードに出会う機会はあった可能性は高いし、文化的な背景に関してトリビア程度でも知る機会はあったのではないか。

 つまり、藤井風ほどのミュージシャンが「Don’t Call Me Nigger, Whitey」(スライ&ザ・ファミリーストーン)を知らなかったとは、にわかには信じられないのですね。公民権運動真っ只中の1960年代のアメリカで、あえて刺激的な「N」ワードを使った問題作。白人の視点からの“白んぼ(Whitey)と呼ぶな”というフレーズを呼応させることで、人種差別の問題を立体的に浮かび上がらせました。決してマニアックな曲ではなく、真剣なミュージシャンにとっては通過儀礼のような曲です。

 かつて彼がカバーしたスティーヴィー・ワンダーをはじめ、90年代の女性コーラスグループ「SWV」に至るまで、ブラックミュージックに含まれる負債のような美しさ。このコンテクストをたどっていけば人種差別の問題に行き着きますし、その過程で「N」ワードを知ることにもなる。

 だから筆者は藤井風の“無知”や“不勉強”という言葉をそのまま信じられません。決して彼が嘘をついているという意味ではなく、むしろパフォーマンスの素晴らしさが、その言葉を覆(くつがえ)しているように感じるのです。