◆むっつりなタイプの俳優

 考えてみると、佐藤健のイケメンの調子が崩れた瞬間を一度も見たことがない。2022年11月24日からNetflixオリジナル作品として配信された『First Love 初恋』でも、あまり感情を表に出さないオフビートなタイプのキャラクターを演じた。待ち合わせ場所で風に吹かれたり、寒空で白い息を静かに吐く様子をさまざまな場面で確認できた。

 過去の映画作品に目を向けてみても、黒沢清監督の『リアル~完全なる首長竜の日~』(2013年)では、恐ろしく凍(い)てついた寒々しい世界観の中、凛とした表情の輪郭に磨きをかけていた。あるいは土屋太鳳と共演した『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(2017年)では、心にぽっかりと空洞があいてしまっているはずなのに、黙々と自動車整備士としての仕事を全うしようする凛々しい横顔が静かなる美しさを感じさせた。

 近年のテレビドラマ作品の中でおそらくもっとも“萌え”の宝庫だった『恋はつづくよどこまでも』(TBS系、2020年)にしても、佐藤が演じたドSキャラの医師は、精悍(せいかん)なたたずまいの中に恐るべき攻めの態度を秘めていた。このように役柄として何かを内に秘めているという意味では、基本的にむっつりなタイプの俳優だともいえる。

◆透明な俳優の“新境地”

 佐藤がこれまで演じてきた役柄の変遷を追っていると、『100万回』で演じる役柄の意味合いが理解できる気がする。つまりそれは、内に何かを秘めた役を演じてきた果てに、とうとう“目に見えない存在”になってしまったということだ。

 捜索を担当することになった巡査部長の魚住譲(松山ケンイチ)が、街中で直木の姿を見かける場面。歩道の真ん中でやはり立ち尽くす直木は、なぜか魚住以外の人には姿が見えていない。道行く人々は、直木の身体をすり抜けるように通り過ぎてしまう。まさか透明人間? なんとまあ摩訶不思議な状況。

 ところが、魚住にだけはこの透明な直木が見えている。どうして誰からも見えない存在になってしまったのか。そもそもこの世界に存在しているのか。唯一、自分の姿が見えている魚住に直木は助けを求めるが、魚住には霊感があるから見えているだけで、直木はすでに幽霊だった......。

 直木が幽霊であることを悠依に証明しようとするが、もちろん信じられない。そこで自分が作ったハンバーグの味を再現しようと思った直木は、魚住に調理させるがうまくできない。いら立つ直木がはじめて感情を荒らげた瞬間だった。

 オフビートな俳優であるはずの佐藤健の気持ちを沈めるように、直木は魚住に乗り移る。ピタリと静寂が支配した調理場。魚住の身体を借りた直木が料理するこの場面、人からは姿が見えない透明な俳優としての佐藤健の“新境地”だと思った。