料理家・室田 HAAS 万央里さん「ヴィーガンを知ることも未来を考えることも、最初の一歩は“おいしさ”」

2003年にパリへと移住し、ヴィーガン料理のおいしさを伝える料理家として活動する室田 HAAS 万央里さん。オンラインの料理教室やInstagramを通じ、日本にもヴィーガン料理の魅力を発信する室田さんですが、2022年11月に『パリの菜食生活 ふだんづかいのヴィーガン・レシピ』を上梓。豊富なレシピはもちろん、パリの菜食事情も綴られ、ついつい引き込まれてしまう1冊です。

そこで『パリの菜食生活』を起点に、パリの菜食事情を深掘り!パリに暮らす人たちがいかにヴィーガンに親しんでいるかを知るうちに、きっとお腹が空いてきます。

室田 HAAS 万央里

東京生まれ。17歳のときにニューヨークへ移り住んだ後、インドネシア、再び東京を経て2003年に渡仏。料理の腕前を生かし、モード業界からケータリング業に転身。パリを拠点に料理教室や出張料理を行い、現在は主にオンラインのヴィーガン料理教室、企業へのレシピコンサルなどを手掛ける。プライベートでは建築家の夫と4歳の娘の3人暮らし。

 

図らずもロックダウンが伝えた“手料理”の楽しさ

パリの菜食生活室田さんはアジアン料理が好きだそう。

―ご著書『パリの菜食生活』にも書かれていましたが、室田さんがヴィーガンになられたきっかけの場所はパリではなく、ニューヨークだったそうですね。

室田さん(以下、敬称略):17歳のときでした。ニューヨークに住み始めて、最初のルームメイトがベジタリアンだったんです。当時の私からすると、ベジタリアンの食事は“健康食”のイメージ。でも、そのルームメイトは健康のためではなく、動物愛護のために肉を食べない生活を貫いていたんです。だからベジタリアンといっても、高カロリーなマカロニ・アンド・チーズは大好物(笑)。それってすごくおもしろいな、と思ったんです。それがきっかけ、と言えるかもしれません。

ただ、ルームメイトの存在はあくまでもきっかけ。そもそも子どもの頃から野菜が大好きだったんです。これは母の影響ですね。私の母は先進的というか、変わり者というか、1980年代からマクロビやオーガニックを実践していたような人。家族の健康のためにおいしく体に良い食生活を、色々試行錯誤の日々で、食卓には野菜を中心としたたくさんのおかずが並びました。一時期毎日が玄米だった時は「あぁ、白米が食べたい…」と思いましたが、何しろ母の料理はおいしかったので基本的にはなんでも大喜びで食べていました。父も肉より魚が好きな人でしたし、 たくさんの野菜と少々の魚、という食卓に慣れていました。そこからNYで、ルームメイトとの出会い、さらには当時付き合っていたボーイフレンドがベジタリアンということもあり、まずはベジタリアンになったんです。そのときに肉や魚を食べられない、ということに辛いと思うことはなく、割とするりと移行した感じです。

―室田さんがパリに移住された2000年初頭の時点では、パリの人たちはヴィーガンになじみがなかったとか。

室田:フランスの食文化にはお肉が欠かせない存在としてあるので、当時はヴィーガンを実践しようという人たちは少なかった印象です。それがここ5年くらいで、大きく変化しています。フランスで環境問題に関心が集まり、ゼロウェイストのムーブメントや、オーガニックの素材を求める消費者が増えた事もあり、そんなかでヴィーガンも注目されるようになったのではないでしょうか。みなさんもご存じのように、パリは観光都市。世界中から多くの人たちが訪れます。するとパリの飲食店は、ヴィーガンを無視してはいられませんよね。観光客のニーズからヴィーガン料理が少しずつ広まり、浸透していった側面もあるのかな、と感じます。

それに私の肌感としては、コロナ禍の影響も少なからずあったと思っています。あくまでも“お願い”ベースだった日本とは違い、フランスのロックダウンは強制。まったく外出ができず、娯楽もなく、オンラインの料理教室がかなり広まりました。自分で料理をすると、おのずと食材に意識が向きますよね。そこで自分の目で素材を選び、自分の手で作ることの楽しみを知った人が、パリには多くいたと思うんです。

 

みんながおいしく食べられること。それが幸せの大前提

パリの菜食生活 ソイミート肉味噌

日本食スーパーなどで日本の食材を買い揃えるのではなく、フランスの食材で和食やアジア料理を作るのだとか。写真は「ソイミート“肉”味噌」

―するとパリの人たちには、もともと手料理を作る習慣があまりなかったということですか?

室田:そうですね。パリは、共働きの家庭が多く、女性も男性もフルタイムで働く人が多いため、特に平日は冷凍食品も活用しながら、さくっと簡単な食事で済ます家庭が多いなぁという印象です。

朝ご飯にお弁当まで作って、夜にはもっと手の込んだ食事を作る日本のお母さんを見たら、パリの人たちはびっくりするかもしれません(笑)。でも、実際に料理を作ってみると楽しいし、おいしさもひとしおなんですよね。

私もヴィーガンの日本料理のオンライン教室をやっていますが、何よりも大事にしているのは手に入りやすい素材でなるべく誰にでも作れること。そしておいしいこと。料理教室では「ヴィーガン」という事を強くアピールしているわけではありません。普段の私の好きな料理を、みなさん一緒に作りませんか、というスタンスで行っています。結果そこで使われている素材が、すべて植物性であることで、「意気込んだりしなくてもヴィーガン料理って簡単にできるんだ」「おいしいんだ」という体験をしてもらいという願いを込めています。

―たしかに!室田さんの夫であるユーゴさんが菜食に目覚めたのも、理由は「おいしさ」でしたね。

室田:そうそう。これは本にも書きましたが、夫が以前何人かのパートナーとやっていた建築会社のスタッフの手料理でヴィーガンのおいしさを知ったんです。彼らの会社の方針でスタッフが持ち回り制で料理を作って、みんなで食べるような職場だったんです。

料理が得意な人もいれば苦手な人もいるし、ヴィーガンのスタッフもいます。ヴィーガンのスタッフが料理当番の日には、当然、ヴィーガン料理が並びますよね。その料理がとてもおいしかったらしく、自然と菜食になじんでいったようです。私が作るヴィーガン料理は、どうしても日本食やアジアの料理がベースになります。でも、パリの人が作る料理は夫が慣れ親しんだ味だからか、私の料理以上に影響が強かったようです(笑)。

それにヴィーガンのスタッフは、肉の入った料理を食べられません。そうした人でも食事ができるよう、ヴィーガンではないスタッフも、おのずと後のせで肉を食べられるようにするなどの工夫をしていったそうです。個人の嗜好や主義主張を問わず、みんなでおいしく食べられることが大前提。それってすごく素敵なことだな、って思ったんです。

 

菜食もハラールも、食べるものが違ったって気にしない

パリの菜食生活 maori murota

―とても素敵です。パリの人たちの寛容さを感じます。

室田:寛容さというより、パリではそれがあたりまえなのかもしれません。パリにはさまざまな人種の人たちがいます。ですから、多様な文化や宗教が共存しています。イスラム教の人に向けたハラールの商店や飲食店も、当然のように根付いています。そうした環境に育っているからか、互いに食べるものが違っても別に気にしない。あくまでも「だったら、みんなが食べられるものを作ろうよ。そのほうがハッピーだからね!」という感覚なんだと思うんです。

いずれにしても、素敵なきっかけですよね。職場での経験をきっかけにヴィーガン料理のおいしさを知って以来、夫は外食に出掛けても、率先してヴィーガンを選ぶようになりました。もともと環境のことを考えて、興味はあったとは言いますが、なぜ実際に自分も積極的にヴィーガン料理を選ぶようになったのか、そこには彼の職場の体験があり、4年前に生まれた娘の影響があると思います。プラントベースの食生活を多くの人が取り入れることは畜産業の環境負荷を軽減させ、少しでも私たちとその後に続くジェネレーションに、負担の少ない未来を残せたらと、夫と同じように、私もそう思っています。

パリの菜食生活 コリアンダーや無花果が印象的な「蕎麦サラダ」

コリアンダーや無花果が印象的な「蕎麦サラダ」

―料理のおいしさからヴィーガンにたどり着き、自然と環境意識が芽生えていく…。とても理想的な流れに思えます。

室田:そうした個人的なエピソードはもちろん、環境意識に関しては、行政が牽引している側面もあると思います。例えば、日本でも少しずつ知られ始めているコンポスト。生ゴミを原料に堆肥を作るシステムですが、パリでは2024年から、生ゴミの堆肥化が義務化されます。この流れもあって、共用のコンポストが設置された公園やアパートが増えているんです。

我が家にも手作りのコンポストを置いていますが、これが結構便利で。入れた生ゴミがどんどん堆肥化されて、みるみるかさが減っていくんです。日本では失敗するケースも少なくないと聞くので、フランスの乾燥した空気が合っているのかな?でも、一度は試してみてほしいです。コンポストを始めるとものすごく量のゴミが減ります。ゴミを出すのが10日から2週間に1度くらいになるので、ものすごく快適です。

―室田さんのお話を伺っていると、ついついパリのことがうらやましくなってしまいますね(笑)。

室田:パリにいいところがあるように、日本にもだっていいところがたくさんあります。私はその両方を経験していると思うのですが、 特に日常の食文化に関していえば、素材をシンプルに味わうのがパリ、そしてフランスのいいところ。出汁を加えることで素材の旨味を引き出したり、醤油、味噌などの発酵食品と合わせ、ひと手間もふた手間をかけたりするのが、日本のいいところだと思うんです。

もしかすると日本人は、手間ひまをかけてレイヤーを重ねるのが得意なのかも?醤油1つ取ってみても、フランス人が味わうと、すごく複雑な味に感じるそうです。パリの友人である川村明子さんがおっしゃっていたことでなるほどなぁと思ったのが、「醤油は立派なソース」という言葉。そういえば日本人にとっては塩や砂糖と同じようにごく一般的な調味料である醤油も、複雑な旨味が交錯するソースなんだと、海外にいるからこそ気づけたのはおもしろいなと思いましたね。

 

何より“おいしさ”が出発点!菜食を知るきっかけに

パリの菜食生活 室田さんのお母様から伝わる「豆腐丼」

室田さんのお母様から伝わる「豆腐丼」

―醤油は日本の誇り!確かに、という気がしてきました。それでは最後に『パリの菜食生活』から、特におすすめのレシピをお教えいただけますか?

室田:読者の方に人気なのは、蕎麦サラダに韓国風じゃがいもチヂミ、それに豆腐丼。個人的にはソイミート“肉”味噌もおすすめですね。我が家の冷蔵庫にないときはない、というくらいの万能選手です(笑)。ソイミートが野菜の旨味を吸って、抜群の満足感。お肉好きの方にも、きっと喜んでもらえるレシピです。

―室田さんのご著書には、そうした喜びが凝縮されていますね。我慢や摂生をするのではなく、まさしく「おいしさ」が第一。

室田:私のレシピは、そこが出発点です。コロナ禍で帰国もできず、実は本に収録された料理の写真はiPhoneで撮影したんですよ…。

自分大好きなレシピのおいしさが読者の方に伝わるようにと念じつつ、ああじゃないこうじゃないと試行錯誤を重ねながら撮りました。携帯のカメラと私の腕では限界がありますが(笑)。おいしさが伝わる写真を撮ることができたと思います。『パリの菜食生活』を読んで「おいしそう!」と思ってくださった方は、体に無理なく、まずは気軽に試してみてください。それがヴィーガン料理のおいしさを知るきっかけになったなら、私の目的は達成です!

 

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何よりもおいしさを感じることが、ヴィーガンを知る第一歩——。室田さんの『パリの菜食生活』には食欲をそそる写真がいっぱいです。室田さんの撮影したお料理の写真にお腹が“ぐぅ”と鳴ったなら、もしかするとそこが、ヴィーガンの魅力に触れるスタート地点なのかもしれません。

 

■書籍情報
『パリの菜食生活 ふだんづかいのヴィーガンレシピ』(青幻社)

パリの菜食生活

著:室田 HAAS 万央里