慶子の視点に立てば、ホラーバイオレンス

東出昌大が怪優と化した『天上の花』 「愛ゆえの暴力」はありえるのか?
(画像=萩原朔太郎(吹越満)の家で、三好達治は朔太郎の妹・慶子と出会う、『日刊サイゾー』より引用)

 三好達治にとって、憧れの女性との同棲生活の始まりだった。だが、派手好きな慶子は田舎に来たことをすぐに後悔する。三好が借りている一軒家はボロボロで、しかも玄関には表札の代わりにカステラの入っていた木箱が掲げてある。新鮮な魚介類は毎日食べられるものの、慶子は次第に三好との生活に不満を覚えるようになる。

 三好のことを慕う地元の人たちが日本酒を差し入れてくれるが、三好は酒癖が悪かった。1日中机に向かっての詩作に疲れた三好は、家事に慣れない慶子のちょっとした不備や愚痴に癇癪を起こし、平手打ちするようになる。勝気な慶子が逆らうため、三好の暴力はどんどんエスカレートしていく。

 顔面を殴打された慶子は、近くに住む美術家・小野忠弘夫婦宅へと逃げ込む。だが、慶子を庇ってくれると思っていた夫人(ぎぃ子)は「愛ゆえの暴力よ」と、慶子に三好宅へ戻ることを勧める。自分の想いが慶子にうまく伝わらず、その苛立ちが暴力になってしまうのだと。周囲の人々はみんな三好の味方であることに気づき、愕然となる慶子だった。

 国民的詩人のピュアな恋愛ストーリーと思いきや、慶子の視点に立てば、完全なホラーバイオレンスの世界である。太郎や次郎を眠らせていた雪が降り積もり、慶子はますます三好の家から逃げ出せなくなってしまう。

 三好が彼なりに慶子のことを一途に愛していたのは確かだが、幼い頃から貧乏な生活を続けてきた三好と、お嬢さま育ちの慶子とでは価値観があまりにも違いすぎた。しかも、慶子は詩や文学には興味がなく、詩人として名を馳せるようになった三好をリスペクトする気持ちがまるでなかった。

 質素な暮らしを嫌い、東京に帰ろうとする慶子の前に、「売れるものばかりが、この世で大切だとは限らないのだ」と立ちはだかる三好だった。

 自分の想いが慶子に理解されないことを三好は嘆き、慶子だけでなく、自分自身も三好は殴り始める。自分の顔面をグーパンチで殴り続ける三好。静寂な雪の中で、鈍い音だけが響き渡る。

 三好達治役を怪演した東出昌大は、ボクシング映画『BLUE/ブルー』(21)、夭折した作家・佐藤泰志原作の『草の響き』(21)に続き、壊れゆく男を演じたことになる。以前から『予兆 散歩する侵略者』(17)など何を考えているのか分からないキャラクターがハマっていた東出だが、離婚し、事務所も辞めた現在は人気俳優としての好感度を守る必要もなくなり、見事なほどの壊れっぷりを見せている。

 失うものが何もない状況になったことで、今の東出は注目すべき俳優となった。