松田聖子の大名曲「哀しみのボート」

 そんな折、不謹慎ながら、松田聖子の知る人ぞ知る大名曲のことを思い出してしまいました。1999年10月にリリースされた「哀しみのボート」(作詞・松本隆、作曲・大久保薫、編曲・岡本更輝=萩田光雄の別名)という曲です。

いま、松田聖子の忘れられた大名曲を想う。まるで鎮魂歌のよう
(画像=『女子SPA!』より引用)

「哀しみのボート」はアルバム『永遠の少女』(1999)収録

「風立ちぬ」(1980年)や「赤いスイートピー」(1982)などの数々の大ヒットでタッグを組んできた松本隆が11年ぶり(1999年当時)に歌詞を提供。ドラマ『OUT ~妻たちの犯罪~』(フジテレビ 1999年10~12月放送)の挿入歌に起用されたものの、オリコンチャートは最高27位どまり。彼女にとっては地味な作品と言えるでしょう。  

それでも、当時二十歳そこそこだった筆者は、この曲のただならぬ気配のとりこになってしまったのです。アコースティックギターを基調とした静かなバラードなのだけど、そこに甘い響きはありません。

<哀しみのボートで 涙に漕ぎ出そう   哀しみのボートで 流されても運命ならいいの>  

この痛ましい歌詞を肉感的に歌う姿からは、かつてアイドルだった“聖子ちゃん”の影は消え去っていました。消え入りそうな裏声と、<涙に漕ぎ出そう>のマイナーコードに吸い込まれていく儚(はかな)いメロディ。ストリングスは、終始すすり泣くように異なる旋律を重ねていく。  

曲を構成するあらゆる要素に漂う静謐と厳しさ。その中でこそ、美しさが研ぎ澄まされていくのですね。見てはいけないものに宿ってしまう妖艶なオーラが、「哀しみのボート」にはあったのです。