「生産性を上げろ」「数字を出せ」

 経済が停滞する中で、そんなプレッシャーが日に日に強まっています。かつては経済大国と言われた日本も、いまや職場の「生産性」「働きがい」「賃金」などの水準は、先進諸国で下から数えた方が早いほどにまで急落しています。

しかし、それは私たち働き手の責任なのでしょうか? 好景気時代を過ごしてきた職場の50代・60代を見回しても、私たちより何倍も優秀な人ばかりとは思えないけれど……。

 そんな疑問に、これまで400以上の企業・行政機関に携わってきたワークスタイル&組織開発専門家の沢渡あまね氏は、「生産性も働きがいも、仕事は職場が9割」と言います。むやみに自分を責めたりネガティブになる必要はまったくないそうです。今回は沢渡氏の著書『仕事は職場が9割』から、一部抜粋・編集してご紹介します。

◆「当たり前」に囲まれた職場

職場
※写真はイメージです
 ふと職場を見渡してみると、私たちは膨大な「当たり前」に囲まれています。

「上司の言うことは絶対」

「お客様のわがままを聞くのは当たり前」

「みんな我慢して当たり前」

 同じ職場で変わらぬメンバーと働くうちに、旧態依然とした慣習や価値観に、いつの間にか染まっている自分がいる。職場をより良く変えようと意気込んでも、変化を拒む同調圧力に押し潰されて、結局、振り出しに戻ってしまう。気づけば惰性で仕事をこなし、鏡に映る顔からは覇気がなくなっていく。そして、今日も淡々と仕事をこなす一日が始まる――。

 無理もありません。

 今、テレワーク、複業、DXなど、新しい仕事のやり方や考え方が次々と生まれています。ビジネスモデルも、時代に合わせて刻一刻と変化しています。それなのに、昔から続く仕事のやり方は変わらない。これでは、新たな気づきや学びを得て成長するのは難しく、ましてやイノベーションを起こせなんて無茶ぶりもいいところです。

◆職場にまん延する無意味な同調圧力「OBN」

「生産性を上げろ」「数字を上げろ」

 そう言われても、すべての活動の源泉が生まれるのは職場。その環境や働き方をそのままに、個人の努力や才能に依存しているだけではイノベーションなど期待できません。

 私はワークスタイル・組織開発の専門家として、これまで400以上の企業・自治体・官公庁と向き合い、そこで働く人々の生の声を聞いてきました。そこには冒頭のような、悲壮感に満ちた声が溢れています。

 たとえば、職場にまん延する無意味な同調圧力として、「オールド・ボーイズ・ネットワーク(OBN)」なる言葉をご存じでしょうか。男性中心の組織が作り上げてきた独特の仕事の進め方や人間関係を指す言葉です。

 飲み会、喫煙所での雑談、ゴルフ仲間同士の会話等々。こうした男性中心のネットワークで仕事の方針や重要事項が決まったり、人間関係が構築されていき、女性の活躍を阻む要因として指摘されています。

 かく言う私もOBNの存在が若手の頃から大の苦手でした。なぜ、仕事が溜まっているのに無理に飲み会に参加したり、興味のないゴルフを始めたりしなければいけないのか? 就業後や休日はしっかり体を休めた方が、仕事のパフォーマンスは上がるはずなのに……。

◆OBNの代表的項目

飲み会
 企業での女性活躍を推進する「J-Win」が作成したOBNの代表的項目を、抜粋して列挙してみます。

・行動(成功体験)の押し付け

・上司への忖度

・男性固有のネットワーク(喫煙所や飲み会など)

・男性固有のイベント(接待ゴルフや接待麻雀など)

 OBNを良しとする人々は、こうした閉鎖的な空間で形成されるネットワークやコミュニケーションを通じて、「あうんの呼吸」が可能になると主張しがちです。

 しかし、本当にそうでしょうか?

 私はCOVID-19のパンデミックのだいぶ前からテレワークを取り入れ、飲み会の参加は年に数回程度、タバコもゴルフも一切やりませんが、多忙な日々を過ごしています。

 OBNによって形成される「あうんの呼吸」がなければ仕事ができない、生産性が上がらないとはまったく感じません。むしろ、閉鎖的空間で情報共有がなされぬうちに物事が決まっていくのは、そのコミュニティに入らない私のような人間や女性、若手の生産性やモチベーションを下げるデメリットの方が大きいと感じます。

 もちろん、趣味の合う仕事仲間とのレクリエーションや飲み会での忌憚のない会話から、ポジティブな関係やアイデアが生まれる可能性を否定はしません。しかし、無理をしてまで参加しなくてはいけない、もしくは同調圧力によって参加させられるような環境には「ノー」を突きつける、または距離を置いてよいでしょう。

◆女性も最前線で活躍できる職場に

 また、高度経済成長期に男性正社員をベースに制度設計された多くの職場では、年齢や社歴、性別や雇用形態によって業務内容に優劣がつくケースも根強く見受けられます。

 こうした職場は、今は閉塞感に満ちていたとしても、逆にこれまで権限や裁量権が与えられなかった若手、女性、非正規社員といった働き手に新しい役割を期待することで、先進的な職場に変化できる可能性を秘めています。

 昭和28年創業の老舗企業である三光製作株式会社は、静岡県浜松市にある金属・樹脂の表面処理加工を事業の柱とするめっき工場です。2008年のリーマンショックを機に同社は、「めっき屋なのに~」をスローガンに、創業から変わらずにいた仕事のやり方、および従業員の役割を大幅にシフトチェンジしました。

 たとえば、その営業スタイル。

もともとはテレアポや訪問営業など、気合と根性、体力勝負になりがちな営業スタイルで新規顧客を開拓していました。しかし、デジタルマーケティング&ブランディング、インサイドセールスなど、デジタルツールを活用したスタイルに大胆に方針転換します。営業の職種そのものをアップデートした事例と言えるでしょう。

 職種の定義を変えたことで、営業で活躍できるプレイヤー像も変貌を遂げました。それまでは男性がメインだったところを女性も担えるようになり、最前線で活躍するようになったのです。

◆今どきの職人集団の姿は頑固一徹ではなく、臨機応変。

職場
 同時に女性社員の育成にも力を入れ、テレワークも導入。自宅で育児をしながら新規顧客の開拓や既存顧客へのフォローアップに勤しむ、「めっき工場」の響きからは想像もつかない先進的な職場へと変貌を遂げました。

 早速、その成果も出始めており、2020年には静岡県外の新規顧客が2倍近くに増加。新規顧客とのファーストコンタクトも、2012年時点では展示会と紹介が50%以上を占めていたものが、2020年にはWebが74%と数字からも大きな変化が見て取れます。

 社長の山岸洋一さんはこう言います。

「特に製造業の世界では、残業もいとわない昭和的な男性を理想の社員とする習慣が根強く残っています。だから、入社1年目の社員の仕事はここまでといった職人気質な呪縛にとらわれてしまうことが多々あった。

 ですが、働き方の柔軟性という点では、家事や育児といった多くの制約の中で課題を解決して成果を出そうとする女性の方が長けています。彼女たちの働き方は企業にも大きな恩恵をもたらします。それを生かすには、自由に発言できるコミュニケーションの場が求められる。頑固一徹ではなく、臨機応変。それが今どきの職人集団の姿なのです」

◆「生産性を上げろ」と言うなら

 三光製作株式会社と同じように、既存の職種の働き方や役割を変化させ、新たな勝ちパターンが生まれてきた企業はたくさんあります。

 総務部門や人事部門の担当者の役割を少し広げて、コミュニティビルダーやコミュニティマネジャーといった組織活性化を任せた結果、これまで内向きだった社員のマインドが外向きになり、社外との交流の場を積極的に仕掛けるようになった。そのようなケースも、私は最近、数多く見聞きしています。

「生産性を上げろ」と言うなら、その前に古臭い職場の思い込みや慣習、同調圧力を取り払ってから。男性正社員中心の組織体制そのままに、女性や非正規社員に数字を求められても、そもそも「無理ゲー」に他ならず、責任を感じる必要はありません。

<文/沢渡あまね>

【沢渡あまね】

1975年生まれ。作家/ワークスタイル&組織開発専門家。

あまねキャリア株式会社CEO/株式会社NOKIOO顧問/浜松ワークスタイルLab所長/国内大手企業人事部門顧問ほか。『組織変革Lab』主宰、DX白書2023有識者委員など。

日産自動車、NTTデータなどを経て現職。400以上の企業・自治体・官公庁で、働き方改革、組織変革、マネジメント変革の支援・講演および執筆・メディア出演を行う。著書に累計25万部の『問題地図』シリーズ(『職場の問題地図』『仕事の問題地図』『働き方の問題地図』など、いずれも技術評論社)をはじめ、『新時代を生き抜く越境思考』(同社)、『職場の科学』(文藝春秋)、『チームの生産性をあげる。』(ダイヤモンド社)など多数