NHK連続テレビ小説2022年下半期作品として、毎週月曜日から金曜日、朝8時に総合で放送されているのが、福原遥がヒロインを演じる『舞いあがれ!』だ。

 舞台は、“モノづくりのまち”東大阪。身体が弱く熱ばかり出していた岩倉舞が、飛行機をつくることを夢見て、空高く、舞い上がって行こうと奮闘する姿が描かれる。朝ドラに相応しい福原のハツラツさはもちろん、舞の幼なじみ・梅津貴司を演じる赤楚衛二が吹き込む爽やかさが、またたまらない。

「イケメンと映画」をこよなく愛する筆者・加賀谷健が、赤楚特有のもっさり、ほっこりな雰囲気で視聴者の心を温める貴司役の味わい深さを紐解く。

◆キャラクターに自然と溶け込む赤楚衛二

 NHKの朝ドラをあまり熱心に見てこなかった筆者だが、今度の『舞いあがれ!』は、かなり熱心に見てしまう。赤楚衛二君が目当てなだけなのだけれど。

 赤楚君が登場するのは、第3週の16話から。飛行機をつくることを夢見るヒロイン岩倉舞は、18歳になり大阪の大学に通っている。人力飛行機サークル「なにわバードマン」を見学した後、彼女が立ち寄ったのが街角に軒をつらねる古本屋「デラシネ」だ。

「おいちゃん、こんばんは」と舞が声をかけたのは、主人の八木巌(又吉直樹)。八木は、古典の棚の前にじとっと座って本を読んでいて、舞の挨拶にあまり反応しない。そのかわり、店の奥から「まいちゃん?」と呼ぶ声が聞こえる。それが温かかで、心地よい耳障りなので、すぐに赤楚君だと分かる。

 舞の幼馴染みである梅津貴司は、高校を卒業してすぐシステムエンジニアとして働いている。彼は仕事が終わると、このデラシネに来て、店の奥の居間のちゃぶ台を陣取って本を読む。舞が来たときにも、文庫本を読んでいた。白いYシャツにネクタイをしめた、いたって普通のサラリーマン風情なのだけれど、そこは赤楚君が演じるだけはある。持ち前のもっさり、ほっこりで、爽やかな居住まいが、この貴司のキャラクターに自然と溶け込んでいるのだ。

◆文学を志向する貴司

この投稿をInstagramで見る

赤楚衛二(@akasoeiji)がシェアした投稿

 貴司は、今度初任給が出たら、舞ともうひとりの幼馴染みである望月久留美(山下美月)に、何かご馳走すると言う。何かご馳走すると言っても、そんなに高いものを食べに行けるわけではない。貴司の実家は、お好み焼き屋「うめづ」を営んでいる。

 舞の実家はこのうめづの隣で、昔から親しんでいる味である。舞と久留美が先に店で待っていると、貴司が遅れてやって来る。彼は席につくなり、初任給で買ったという本をカバンからごそごそ取り出す。詩人・金子光晴の自伝『ねむれ巴里』という渋さ! 舞たちは、さすが文学青年は違うとコメントするが、貴司は、まんざらでもない表情を浮かべる。

「夢に近づいてる気、するんや」と言う赤楚君の大阪弁に耳を澄ましてみると、貴司の心の声がだんだんと聞こえてくる。ナイーブな文学青年である彼は、人間関係であまりうまくいっていないようだが、今の仕事に就いたことでむしろ本を読んだり、大好きな詩作により打ち込めるようになったらしい。彼の夢は、金子光晴のような詩人になることだろうか。文学を志向する貴司の瞳は、きらきらと輝く。

◆貴司の安定と赤楚君の水平

チェリまほ
©豊田悠/SQUARE ENIX・「チェリまほ THE MOVIE」製作委員会
 続く第4週、怪我をした由良冬子(吉谷彩子)に代わってなにわバードマンの飛行士になったまいは、体重制限をしながら日々のトレーニングに励む。一方、貴司は、仕事の疲れが出てきてすこしやつれ気味の様子。舞と久留美のバイト先であるカフェ「ノーサイド」に、休憩時間に来た貴司は、熱心に詩を書きつけた紙ナプキンを忘れていく。そこには「干からびた犬」とだけ書かれていた。

 その夜、3人がうめづに集まると、貴司が「干からびた犬いうんは、僕のことや」と自分の状況を説明する。営業成績最下位で毎日上司にどやされている彼は、そういうツラい状況だかこらこそ、いい詩が書けるのだという八木のアドバイスを胸に前向きではある。ぽつりぽつり話す貴司にほっこりもする。

 基本的には、『チェリまほ』(『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』)の主人公・安達の延長として貴司を演じているように見える、もっさり、ほっこりな赤楚君。この基本ベースのもっさり、ほっこり感があるから、貴司が仕事に募らせる葛藤も深刻な悩みには傾かない。しかもただ前向きなのではなくて、味わい深く楽天的な性格。貴司の精神の安定と赤楚君の水平の取れたバランスある演技がピタリと比例したのが、この貴司役だといえる。それは、舞が夢見る飛行機のように、どこまでも飛行を続けていけるだろう。

◆夜にだけ舞い降りてくる天使

 貴司が画面に登場するのが、決まって夜だということも見逃せない。特に肌寒くなってきた冬の時期、温かみがほしいなと思うと、もっさり、ほっこりをまとわせた貴司がひょっこり顔を出す。その何気ない表情は、まるで夜にだけ舞い降りてくる天使のようだ。

 舞が人力飛行機の操縦桿を握り、新記録樹立に挑んだ第5週、29回で季節は移ろい、クリスマスシーズンになる。パイロットになりたいという新しい夢を抱きはじめた舞が、勉強を終えてひと息つこうと窓の外の空を眺めると、ちょうど向かいの窓も開いて、貴司が顔を出す。何となく会話を交わしていると、貴司に先輩から電話がかかってくる。彼は優しげな笑顔を浮かべて、暗い部屋に戻る。

 クリスマスにまたいつもの3人で集まり、舞がパイロットになる夢を話していると、また貴司に電話がかかってくる、呼び出しだといって店を出た貴司の電話口では、先輩からの怒声が漏れ聞こえる。文学を愛する、この夜の天使は、ほんとうのところどんな気持ちでいるのだろう? 彼の気持ちを考えると、見ているこちらは、赤楚君みたいな優しげな眼差しで、つい貴司のことを見つめ、見守ってしまう。

 第5週の最終話(30回)、年は変わり、貴司は、仕事はダメ、詩も書けず、唯一の憩いの場であったデラシネが閉店……。精神的苦境の中、八木は短歌にしたらいいとアドバイスするのだが、この夜の天使が第6週、いよいよ昼間の光の下に姿を現すようだ。

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】

音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu