俳優の寺島しのぶさんが、瀬戸内寂聴さんをモデルとした女性を演じたことで早くから話題を集める映画『あちらにいる鬼』が公開です。原作は、直木賞作家の井上荒野さんが自身の父である作家・井上光晴さんと母、そして瀬戸内寂聴さんをモデルに書いた小説。作家の女、作家の男、その妻の織り成す人間模様を、『ヴァイブレータ』『やわらかい生活』の廣木隆一監督が描き切っています。

寺島しのぶ(49歳)、盟友・豊川悦司とは「もうやり切った感じ」
寺島しのぶさん
 同じく作家の白木篤郎との恋愛を経て出家する作家・長内みはるを演じた寺島さんに、本作では篤郎を演じ、これまでにも幾度も共演してきた豊川悦司さん、篤郎の妻・笙子を演じた広末涼子さんとのエピソードなどを聞きました。

◆めっちゃストレートな言葉にぶわっと着火

――序盤で、篤郎がみはるの講演先のホテルにやってきて「お前を抱きに来た」と言います。すごいことを言うなと。

めっちゃストレートな言葉にぶわっと着火
『あちらにいる鬼』より
寺島しのぶさん(以下、寺島)「めっちゃストレートですよね。私ならどうなるか分からないけど、あの篤郎さんにあの情熱で来られたら、みはるはもうぶわっと燃えちゃいますよね。その前から、『俺も福岡、行くんだよ』とか言うじゃないですか。『この人、絶対自分のところに来るな』と思いますよね。

 篤郎さんは、とにかく魅力的な人だったんでしょうね。最初は師弟関係のような感じで始まっていきますけど、みはるは、彼がもがいている何かの闇に色々気づいたんじゃないかなと思います。篤郎さんは嘘ばかりついているけれど、聞き手として楽しいから、みはるは普通に楽しんじゃってる。彼の虚偽の世界に飛び込んでいくのが、みはるは好きだったんだと思います。小賢しいことはしない。そして分かりやすい嘘をつく。『自分はチョコレートなんて食べてないよ』と言って、唇を茶色くしてるみたいな人だったんじゃないかと思います」

◆『あちらにいる鬼』、タイトルの意味は

――後半には、出家したみはるが白木家を訪問するくだりがあり、去り際に笙子の手を取ります。その行動は、脚本に書かれていたものではなく、現場で寺島さんがされたことだと聞きました。

『あちらにいる鬼』、タイトルの意味は
『あちらにいる鬼』より
寺島「本番前のテストのときに、自然と手をつなぎたくなっちゃったんです。『ありがとう』って笙子さんに触りたくなっちゃった。そしたら廣木さんが『なにやってるの』という感じで近寄ってきたんだけど、『そういうことね』と、そのままOKになったんです。広末さんは、最初にテストで手を握ったときから泣いちゃって。正直、『ああ、しまったな』と思ったんです。廣木さんにだけ相談しておいて、本番でゲリラ的にやればよかったなと。一番最初の戸惑いの顔とか、本当にびっくりして泣いちゃった顔が、とっても素敵だったから。映像に収まったものもとてもよかったですけどね」

――『あちらにいる鬼』というタイトルについては、どう感じましたか?

寺島「鬼には、いろんな解釈があると思うんですけど、恐ろしい鬼というよりも、子どもの鬼ごっこみたいな感じかなと思いました。3人で鬼ごっこしているような感じ。原作者の井上さんと対談させていただいたんですが、井上さんも、『可愛らしい鬼ごっこの鬼というイメージもあるのよ』とおっしゃっていました。かくれんぼしてる感じなんですかね。ただ私は『ご両親と愛人の関係を、ものすごい傍観者として見ている井上さんが、私は一番の鬼だと思います』ってお伝えしました」

◆俳優は、すごい商売というより、不思議な商売

――俳優さんは、役を通じて、時に家族よりも深い結びつきを感じる瞬間もあるかと思います。改めてすごい職業だなと。たとえば本作では篤郎に髪を洗ってもらうシーンですとか。

俳優は、すごい商売というより、不思議な商売
『あちらにいる鬼』より
寺島「豊川さんには『やわらかい生活』(2006)と今回と、2回髪の毛を洗ってもらっています。そんなことってないですよね。私、旦那にも洗ってもらったことないのに。俳優は不思議な商売ですよ。すごい商売というより、不思議な商売。『愛の流刑地』(2007、豊川悦司主演)なんて、本当にすごかったので、それをやり切っちゃったから、怖いものがないんです」

――不思議な商売とのことですが、豊川さんとの関係も、不思議な関係ですか?

寺島「不思議な関係ですね。これまで一度も打ち合わせをしたことないんです。現場に入ってお芝居して終わり。何をやっても受け止めてくれる人なので、あえて何も考えずに臨むんです。豊川さんとは、次はなにやったらいいんだろうってくらい、やり切った感じはします。でも、毎回そう思うんですよね」

◆演じてきた役は、もう全然痛みはしない傷痕のような感じ

――毎回、役柄と一心同体になられてきたと思います。たくさんの作品を演じられてきて、どこか一部でも役は自分の中に残るものですか?

演じてきた役は、もう全然痛みはしない傷痕のような感じ
『あちらにいる鬼』より
寺島「残りますよ。薄れてはいきますけど、忘れることはできません。たとえば、もう全然痛みはしない傷痕のような感じです。普段は全然意識しないけれど、痕は残っていて、ふと思い出したりする。ずっと残っていますよ。だからしばらくしてまた演じたくなる。その繰り返しです」

◆自分の長所でもあり短所とは

――最後に、寺島さんが思う、みはるの好きなところを教えてください。

自分の長所でもあり短所とは
『あちらにいる鬼』より
寺島「生きることにおいて中途半端な情熱じゃないところですね。そこが生きにくいんでしょうね。ここまでってところでやめておけばいいのに、その先に出てくる何かを見たくてその先に行ってしまう」

――寺島さんも、止まれない性分だとご自身についてお話されていました。もちろん歩んでいる場所は違いますが、そうした資質はみはるの好きなところであり、ご自身の好きな部分でもあるのでしょうか。

寺島「そうですね。長所でもあり短所でもある部分でしょうし、自分自身の好きなところでもあるのでしょうね」

(C) 2022「あちらにいる鬼」製作委員会

<撮影・文/望月ふみ ヘアメイク/片桐直樹(EFFECTOR) スタイリスト/中井綾子(crepe)>

【望月ふみ】

70年代生まれのライター。ケーブルテレビガイド誌の編集を経てフリーランスに。映画系を軸にエンタメネタを執筆。現在はインタビューを中心に活動中。@mochi_fumi