―新連載「沼の話を聞いてみた」―

科学的根拠の乏しい健康法。母親たちを追い詰める育児出産周りの言説。健康&社会的に問題ありそうなスピリチュアル界隈の言説。人間関係を焼け野原にしそうなマルチ商法。反ワクチンをはじめとする、過激な自然派などなど。そうしたものに焦点を当てて約7年続けてきた「スピリチュアル百鬼夜行」が、今月より女子SPA!にてリニューアル。

ここではこれまで観察してきたものにハマった当事者や、その周囲の人から実際の体験談を聞いていくこととなった。そこで語られる事情や背景、問題などにはきっと、既視感を覚える人もいるだろう。それぞれの「沼」は決して特殊なものではなく、他人事のようでいて、他人事ではない。

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※写真はイメージです(以下同)
第1回目では「親がマルチ沼」という男性の話しを聞いていこう。

◆マルチ会員は意外と身近にいる

違法な勧誘や、会員への怪しげな教育、健康食品の効果効能言い過ぎ問題。何かと巷を騒がせるマルチ商法だが、今年10月には大きな動きで世間を賑わせた。業界最大手である日本アムウェイが、はじめて行政処分を食らったのだ。消費者庁から、6カ月の取引中止命令が出されたという(2022年10月14日 読売新聞より)。

マルチ商法とは、特定商取引法で「連鎖販売取引」と定義されている商売の俗称で、「ネットワークビジネス」「マルチレベルマーケティング(MLM)」なる名称が使われることもあるが、どれも基本同じ分類の商売だ。組織に加入して商品を販売するだけでなく、勧誘して会員を増やすと紹介料やマージン等の利益を得ることができるので、連鎖的に拡大していく。取り扱う商品は、古くは台所用品にはじまり、浄水器や美容機器、健康食品、近年では格安SIM、情報商材といった「ものなしマルチ」も存在する。パーティやエステの無料体験、手作りコスメのワークショップに誘われたら、マルチの勧誘だったなんて話を聞いたことがある人は多いだろう。

◆ママ友に誘われて、マルチ入り

実際、ハマる人は結構身近にいる。マルチ商法が日本で広まったのは1970年代。最近ではひどい目にあったという当人だけでなく、「親がマルチ商法の会員」、いわゆる2世の声も出回るようになってきている。今回ご登場いただく会社員Eさんも「母親がずっとマルチの会員」だ。

「物心ついたときには、家の中にマルチの商品があふれていました。有名な無水鍋や、飲んでも安全とアピールされる洗剤。歯みがき粉やその他日用品。プラスチックの食品保存容器もありましたね」

Eさんは現在、40代。既婚で子どもはいない。母親は現在もマルチ商法会社の会員だというので、Eさんの幼少期から継続しているとなれば、年季の入ったマルチ歴であることがわかる。マルチでよくある会員ヒエラルキーのピラミッドでは、もうかなり上のほうに位置しているのでは? ダイヤモンドなんちゃらディストリビューターとか?

聞いてみると、「もうぜんぜん! 母はそういう感じではない」とEさんは笑う。

「母が某大手マルチの会員になったのは、地域で仲よくしていたママ友、Hさん経由です。巷でよく聞くような『夢をかなえたい! 楽して儲けたい!』という動機ではなく、あくまでお付き合いの範疇という感じ。どうせ日用品は買わなくちゃいけないんだし、だったらお友だちのところで……くらいの感覚だったんじゃないでしょうか。だから基本、勧誘行為はしていません。母はおっとりした専業主婦で、トークも正直あまりうまくない。そもそも勧誘してこいといっても、無理なんじゃないですかね」

筆者がこれまで見聞きしてきたなかで、マルチに狙われやすいと思われる典型的なパターンは次のような人だった。

・ビジュアルがよく社交的な人(広告塔になれる)

・顔が広くコミュニティのリーダー的な人(人脈狙い)

・向上心があるが知識の浅い若者(フットワークが軽く熱心に活動してくれるうえ、だましやすい)

◆マルチからマルチへと渡り歩く

Eさんの実家は裕福で、母は言うなれば資産家の奥さまだ。経済的にゆとりがある家庭なら、高価な日用品を継続して購入できるので、それだけでも入会させたママ友の懐は多少潤うだろう。またこれは想像でしかないが「マルチをやっているからあの優雅な暮らしができている」という宣伝に使われている可能性も考えられそうだ。

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「あるでしょうね。母を勧誘したHさんは、意識高い系で自分の傘下をがんがん増やしていくタイプ。その手のトークをしている現場を見たことがあります。Hさんの夫がエリート公務員だということもあって周りからの信頼も厚く、勉強会だのホームパーティだの頻繁に開催して、母もたびたび参加しています。さらにHさんが次々といろいろなマルチに手を出すので、母もまた次々と新たなマルチ会社の会員になる。母、ひいては僕たち家族もさまざまなマルチ商品に触れつづけてきました。浄水器やプルーンエキスに、美顔器。もう本当にいろいろあります」

家族の生活に最も影響が出たのは、アロマオイル(精油)を取り扱うマルチブランドの会員になったことだ。

◆煮物にまでアロマオイルの危険性

「あのマルチ系アロマオイルは、とにかくジャブジャブと量を使わせるのが衝撃です。ドリンクに加えたりカプセルに詰めてサプリメントのように飲んだり。料理の香りづけも基本全部、アロマオイル。サラダのドレッシングはこのオイルとこのオイル。これは隠し味になになにを使った。デザートのゼリーもアロマオイル入り……。和食系の煮物にも、ジンジャーのエッセンスをポトリ。母の手料理はアロマオイルまみれです。母の持っている資料を見ると、アロマオイルの使用量は楊枝の先にちょっとつける程度と記載されているのですが、僕が食べた実感では、母の料理にはボトルから直に数滴たらすレベルの量が入っていたと思われます。アロマの存在をアピールしなくてはいけませんからね。おそらく、母の仲間もそんな感じです。このペースで消費していたら、そりゃマッサージや芳香に使うよりも効率よく売れるよなと思いますね」

Eさん夫婦の家にも、時々木箱に入ったアロマオイルセットが送られてくるという。Eさん妻が芳香に使うことはあるものの「アロマオイルの飲用は危険」という情報をたびたび目にするため、Eさん夫婦の生活では飲用はしていない。アロマオイルを服用する母の健康が気になり、夫婦でやんわりとそれを伝えることもある。

◆遠回しでは届かない、家族の声

「単純に、アロマオイルに置き換えてしまうことで、栄養が摂れないという点もあると思うんですよね。たとえばレモンだったら、ビタミンCとかクエン酸とか。アロマじゃなくて新鮮な素材そのものを使って、いろいろな栄養を摂ったほうが健康にはいいんじゃない? と母に言いつづけています。アロマオイルを飲むのはよくない! とダイレクトに否定すると、話を聞いてもらえなくなる可能性もありますし。でも母は、この精油は純度が髙いから~とか、こっちの精油は聖書の時代から使われていて~とか、別方向の主張を始める。結局いまだ、僕たち夫婦の心配は伝わっていません」

儲けることに興味はないが、マルチ商法のセールストークでくり出される思想には、感化されてしまっているEさん母。「家族の健康を守るのは主婦の使命」「薬を使わず自然の力で治す」「医療グレードだから安心」「免疫力を高めて感染症予防」。テンプレ通りのトークが母の口から出てくるのは、本音を言えば気分はよくない。

◆父は不在、きょうだい協力して母を見守る

「しかも、毎日アロマオイルを摂取している本人は、あまり健康な感じではありません。オイルの飲用が影響しているのか、年齢によるものなのかはよくわかりませんけど。すぐに風邪をひいたり、長引いて気管支炎になったり。対人関係や金銭のトラブルをおこすわけではないので家族のあいだでは問題視されていませんが、僕ら夫婦としてはできればアロマオイルからは少し離れてくれないかと思っています」

ちなみに父は仕事命であまり家にいないこともあり、母のやることに基本文句は言いません。自分には姉と弟もいるのですが、家族全員傍観している感じになってしまっています」

いまのところ金銭被害も健康被害も出ていないので「ほどほどにならOK」としているEさん家族。もうひとつ、母のマルチ沼を咎めないのは「孤独な老後にならないため」という理由もある。

◆マルチでつながる人間関係、広がる行動範囲

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「僕たちきょうだいはもう中年で、母にとって子育てはとっくにひと段落しています。そんな中、専業主婦でこれといった趣味もない母の人生を考えると、人との関わりがなくなって孤独になってしまうのが怖いんですよね。勉強会だなんだと、人と関わりを持つ場があるという点だけはいいんじゃないかと。たとえそこに下心があっても。マルチの人たちって、本拠地で開催される大きな大会……コンベンションとかに参加するため海外遠征までするじゃないですか。アレも傍からみたらバカバカしいお祭りですけど、じゃあ韓流ドラマの聖地巡りをするような趣味と何が違うのか、とも思います」

◆いつかフォローしきれなくなる可能性

作品や俳優の魅力にハマって課金するのも、マルチの世界観に課金するのも、沼は沼だとEさんは言う。それはそれでひとつの考え方なのだろう。

「基本、自分の意思で社会とつながる環境を作ろうという姿勢は応援したいと思っています。ただし、やっぱりマルチ商法なんでね。その点は母が暴走しないように、きょうだい間で密に連絡を取るようにしています。3人で協力して、健康面、金銭面、対人関係、いろいろな角度から見ています。お金と健康だけは本当に気を付けてほしいですね。正直、僕らもそれぞれ自分の家庭と生活があるので、これから先エスカレートしていったらフォローしきれません」

<文/山田ノジル>

【山田ノジル】

自然派、○○ヒーリング、マルチ商法、フェムケア、妊活、〇〇育児。だいたいそんな感じのキーワード周辺に漂う、科学的根拠のない謎物件をウォッチング中。長年女性向けの美容健康情報を取材し、そこへ潜む「トンデモ」の存在を実感。愛とツッコミ精神を交え、斬り込んでいる。2018年、当連載をベースにした著書『呪われ女子に、なっていませんか?』(KKベストセラーズ)を発売。twitter:@YamadaNojiru