2022年10月21日より、砥上裕將による小説を映画化した『線は、僕を描く』が公開中だ。

©砥上裕將/講談社 ©2022映画「線は、僕を描く」製作委員会
©砥上裕將/講談社 ©2022映画「線は、僕を描く」製作委員会
 監督を手がけたのは『ちはやふる』3部作の小泉徳宏。末次由紀のマンガを原作としたこちらは、今や日本の青春映画の金字塔と呼べるほどの評価を得ている。そして、今回の『線は、僕を描く』もまた、エンターテインメントとドラマと芸術性を見事に融合させた傑作に仕上がっていた。

 主演を務めるのは、飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍し、若手俳優としての評価と地位を確固たるものにしている横浜流星。実際に観てみれば、「彼の他には考えられない」ほどに複雑で繊細な役を体現できる、なんと素晴らしい俳優なのかと、あらためて感嘆せざるを得なかった。作品の魅力と並行させつつ、その理由を記していこう。

◆冒頭の「運命的な出会い」の感動

 本作のあらすじはシンプルと言ってもいい。「大学生の青年が水墨画と運命的な出会いを果たし、巨匠に弟子入りし、姉弟子と学んでいく」というものなのだから。主人公が素人の状態から物語が始まるため、水墨画にまったく触れたことがない人も問題なく楽しめるだろう。

 その「水墨画との運命的な出会い」を示した、冒頭の横浜流星の「目に涙を浮かべて感動している表情」に、まず誰もが圧倒されるのではないか。横浜流星の眼前にある水墨画は、そのカットでは観客にはまだ示されていない。だが、それが彼にとって、文字通り人生を変えるものだったということを、完璧なまでの表現で観客に伝えているのだ。

 映画開始からわずか数秒の、泣き出してしまいそうな俳優の演技に魅了され、その後の物語全体にも大きな影響を与えているという点では、現在Amazonプライムビデオで見放題となっている田中圭主演作『女子高生に殺されたい』にも通じている。どちらも「初めからもうこの主人公から目を離せなくなってしまう」冒頭の「つかみ」としても秀逸だ。

 ちなみに、横浜流星はこの冒頭の演技が難しいことを自覚し、「本番まで水墨画を見せないでほしい」と自ら提案したのだという。そして、実際にリハーサルでも見ることなく、本番で初めてあの水墨画を見て、涙した。この演技は、ある意味で「本当に初めて出会えたからこその表情」なのだ。

◆過去を類推させる構造

©砥上裕將/講談社 ©2022映画「線は、僕を描く」製作委員会
 横浜流星演じる主人公には、もう1つ重要な要素がある。それは、過去にとあるつらい出来事に遭遇しており、いまだに心の傷が完全には癒えていないことだ。青年が水墨画を学んでいくシンプルなあらすじだと前述したが、「悲劇を経て、人はどうすれば未来へ歩んでいけるのか」という、普遍的な問いかけもされる物語にもなっている。

 冒頭の横浜流星の表情は、ただ素晴らしい水墨画を見た「だけではない」のではないかと、観客に想像させるほどのものでもある。実は、主人公の過去は原作小説では序盤に明かされていたのだが、今回の映画では物語が進むにつれて少しずつその事実を匂わせていき、そして終盤ではっきりと見せる構成に変わっている。

 つまり、映画では「なぜあれほどまでに水墨画に感動したのだろうか」と、観客に考えさせる要素が付け加わっているとも言える。そして、ネタバレになるので詳細は伏せておくが、タイトルが(『僕は、線を描く』ではなく)『線は、僕を描く』である意味も合わせてわかったときの横浜流星の演技にもまた、身震いするような感動があったのだ。

◆ツンツンしている清原果耶との掛け合い

©砥上裕將/講談社 ©2022映画「線は、僕を描く」製作委員会
 横浜流星は不良性のある役柄も演じてきたが、今回の『線は、僕を描く』では善良で優しい性格をした青年となっている。前述してきた通り、冒頭で涙を浮かべたり、つらい過去を持ってはいるのだが、一方でそれほどウジウジもしていない、親しみやすく愛らしいバランスのキャラクターになっていることも長所だろう。

 その親しみやすさに大きく寄与しているのは、姉弟子を演じた清原果耶。水墨画に対して圧倒的に先輩である彼女は、素人なのにいきなり弟子入りしてきた主人公にツンツンした態度でいる。彼女の不機嫌さに戸惑ったり、はたまた真面目に学ぶ姿勢でいる横浜流星が、相対的になんともいじらしくて、かわいらしく思えてくる。

 下世話な言い方だが、「陰キャ気味でおどおどしているけど真面目で誠実な横浜流星」と「ツンツンしてしているけど次第に打ち解けていき時には素直になる清原果耶」という、なんとも愛おしい関係性も楽しめる作品でもあるのだ。さらに、主人公を心配する親友2人を、細田佳央太と河合美優という若手実力派俳優が演じており、彼が横浜流星を引っ張っていく様も、微笑ましく見られるだろう。

 なお、小泉徳宏監督はこれまで『タイヨウのうた』(2006)や『ガチ☆ボーイ』(2008)などの「難病もの」のような、描きようによっては重々しくなる題材の映画も手がけてきたが、それらはコメディシーンも多く、ウェットな演出に傾きすぎないバランスに仕上がっていた。主人公が重い過去を背負う今回の『線は、僕を描く』もクスクス笑える場面があり、明るく前向きな雰囲気も存分にあることは長所だろう。

◆誰よりも熱心に水墨画に向き合い続けた

©砥上裕將/講談社 ©2022映画「線は、僕を描く」製作委員会
 競技かるたを題材とした小泉徳宏監督作『ちはやふる』に続き、スタッフとキャストが一丸となり、水墨画という日本ならではの文化および芸術に、これ以上ないほどに真摯に向き合い、それが映像作品として見事に結実しているのも、本作素晴らしいところだ。

 もちろん俳優それぞれは水墨画を猛特訓しており、なかでも横浜流星は誰よりも熱心に水墨画に向き合い続けた。彼はコロナ禍の影響で撮影が大幅に延期になったときも、水墨画監修の小林東雲とオンライン上で作品のやり取りをし続け、多忙を極める中で少しでも時間があけば、「練習がしたい」とスタッフに連絡をしてきたという。そのため、横浜流星が描く水墨画そのものはもちろん、所作、姿勢なども、すでに初心者とは呼べないレベルへと上達していったのだそうだ。

 さらに、『ちはやふる』から続投の横山克の流麗でエモーショナルな音楽は、徹底的なまでにこだわって編集された映像とシンクロし、水墨画を描く筆の動きが、まさに芸術として映るようにもなっている。横浜流星をはじめとした、それぞれの俳優が描く水墨画、筆を動かす動きまでもが心から美しいと思える、その一瞬一瞬を、ぜひ映画館で堪能してほしい。

<文/ヒナタカ>

【ヒナタカ】

「女子SPA!」のほか「日刊サイゾー」「cinemas PLUS」「ねとらぼ」などで映画紹介記事を執筆中の映画ライター。

Twitter:@HinatakaJeF