ロマンポルノ・ナウ第二弾『愛してる!』(白石晃士監督)公開を記念して、主演のミサを演じた川瀬知佐子さんと、小説『ギフテッド』(文藝春秋刊)で芥川賞候補となった鈴木涼美さんとのスペシャルトークがおこなわれた。

左から川瀬知佐子さん、鈴木涼美さん
左から川瀬知佐子さん、鈴木涼美さん
◆きっかけがないと自分が何を望んでいるかはわからない

場所は、『愛してる!』のSM監修にも携わった蒼月流さんがオーナーのTitty TwisterというバラエティSMバー。店内には縄や鞭なども飾られている。

『愛してる!』は、地下アイドルのミサ(川瀬知佐子)が、SMラウンジのオーナー(ryuchell)にスカウトされ、そこで強烈なカリスマ性を持つ女王様・カノンに惹かれてSMの世界に足を踏み入れていくというストーリー。そこで自分を解放できる快感に目覚めたミサは、地下アイドルと女王様、2つの世界を駆け上がっていくのだが……。

川瀬知佐子(以下、川瀬):今回、鈴木さんが『愛してる!』を観てくださったとうかがっています。率直に、どんな感想を抱かれましたか?

鈴木涼美(以下、鈴木):思った以上に、本格的にSMを扱っていることにまず驚きました。私たちって、ボンデージとか女王様とか、ちょっとした知識は持っていますよね。でもそれはあくまでファッションとしてのSM。この映画は精神的なところまで深く描かれていると思いました。最初、ミサは騙(だま)されたような形でSMラウンジに連れてこられて、すごく怒ってるでしょ。そこからカノンという女王様に憧れて、どんどんその世界にはまっていく。そこがリアルな感じでした。

『愛してる!』より
『愛してる!』より
川瀬:ミサはありのままの自分を見つけていくんですよね。

鈴木:彼女はラッキーだったと思う。きっかけがないと自分が何を望んでいるかはわからないし、たどり着けませんよね。ミサはラウンジのオーナーに嗜好性を見抜かれてスカウトされたわけだけど、ミサ自身、心が開かれていなければ認められない。素直な女性だなと思いました。ああいう、強気だけど素直な女性は、川瀬さんに近いんでしょうか。それともまったく正反対みたいな性格だと感じました?

川瀬:ミサ自身は、私とは真逆な性格ですね。私だったら、ああいうふうにスカウトされても無視しちゃうと思います(笑)。ただ、ちょっと性格は荒いけど、自分が正しいと思ったことは貫くところは似ているかもしれません。

鈴木:芯の強い女性ですよね。

◆好き嫌いが分かれるものは正直に言ったほうがいい

川瀬:鈴木さんはロマンポルノをご覧になったことがありましたか?

鈴木:旧作をリアルタイムでは観ていませんが、いわゆる伝説的な作品は何本か観ています。『キャバレー日記』(根岸吉太郎監督)は、ロマンポルノらしいファンタジーに満ちていて、クスッと笑えたりほろりとしたりで、楽しめました。きわどい表現はあるけど、女性が観ても嫌な感じはまったくないと思います。

川瀬:今回の『愛してる!』は、友人が母親と一緒に観てくれたらしいんです。母娘で鑑賞して大丈夫かと心配したんですが(笑)、よかったよーとふたりで感想を送ってくれました。そういう時代なんですね。

鈴木:昭和ブームじゃないけど、ちょっとレトロなエロさがおしゃれだったりするのかもしれません。ストリップ劇場に行っても、今は若い女性が観に来ていますもんね。みんな興味があるんですよね。

『愛してる!』より
『愛してる!』より
川瀬:ミサは、ありのままの自分をどんどんさらけ出せる女性ですが、なかなかそうできない人も多いと思うんです。好きなことを好きといえなかったり、人の目を気にしたり。

鈴木:そうですよね。好き嫌いが分かれるものに関して、自分が志向しているものを公にして批判されたらどうしようと思いがち。もちろん、わざわざ公表する必要はないけど、自分の大事な人や身近な人には正直に言ったほうがいいと私は思いますね。自分を隠して生きていくほうがつらそうだから。

◆SMを知らないところから始まる「新たな教育映画」?!

鈴木:今回の映画、SMがあったり歌ったり踊ったり、ミサさんは大変な役でしたね。

川瀬:全体的にむずかしかったです。どんどん迷いと悩みにはまってしまって、お芝居が楽しいと思えなくなってきて……。そんなとき取材に行ったSMバーの女王様が『こういう世界は生まれつきそういう志向がある人と、後天的に志向性を持つ人がいる』と教えてくれたんです。たまたま映画では、ミサの生まれ育った家庭など背景がまったく出てきませんから、そこは自由に考えてもいいんじゃないかと思えるようになりました。そこからセリフがスムーズに言えるようになったんです。

『愛してる!』より
『愛してる!』より
鈴木:自分の中でそうやって人物像を丁寧に作っていったわけですね。ミサが自分の好きな性的志向や大事な人と出会って、表情や行動がどんどん変わっていくところが観ていて興味深かったです。ドキュメンタリーの手法もおもしろいですしね。

川瀬:SM好きな人はもちろんですが、主人公のミサ自身がSMを知らないところから映画が始まるので、誰が観ても楽しめると思っています。海外の友人が来日して観てくれて、『これは新たな教育映画だ』と言ってました(笑)。

◆愛と性って、必ずしも表裏一体ではなかったりするからむずかしい

鈴木:私は自分の中に特にSM志向があるわけではないけど、嫉妬や憧れを抱く精神性とか、肉体の快感とかを通して、相手がかけがえのない人になっていくのはすごくよくわかりました。最初のうち、ミサさんはカノンに恋しているわけではないですもんね。どの段階で、ミサはカノンを大事な人と認識するんでしょう。

川瀬:ミサもものすごく葛藤(かっとう)しているんですよね。私はカノンは大きな孤独を抱えた人だと思ったんです。その孤独を埋めるようなことをしなければ、カノンはミサを愛してはくれない。だから最後まで、ミサは確信をもてなかったのではないかと……。

『愛してる!』より
『愛してる!』より
鈴木:カノンはものすごくミサを試していますよね。愛を試すのは、同性同士でも異性でも同じ。愛と性って、必ずしも表裏一体ではなかったりするからむずかしい。セックスしてから愛が生まれることもあるし、大好きなのにセックスしたら好きでなくなることもあるし。

川瀬:ミサとカノンは、いろいろあって少し離れた時期がある。そこでお互いに、相手がどれほど自分の中で大事な人になっていたのかを確認したのではないかと思うんです。最後にミサはカノンを100パーセント大事な人、特別な人だと確信することができた。カノンも同じように思っていたんじゃないでしょうか。

鈴木:SMだけではなく、そういうこまやかな心理のやりとりも見応えのある映画だと思います。

川瀬:ぜひ多くの方に観ていただきたいです!

『愛してる!』「ROMAN PORNO NOW」
『愛してる!』「ROMAN PORNO NOW」
【鈴木涼美】83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。

【川瀬知佐子】撮影当時、現役地下アイドルながら、日活ロマンポルノ50周年記念作品「愛してる!」(白石晃士監督)の主演に抜擢される。現在はアイドルグループを卒業し、ボビー中西主宰のBNAWにて、マイズナーテクニック法等、海外にも通用するリアリズム演技を習っている。

<文/亀山早苗>

【亀山早苗】

フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。Twitter:@viofatalevio