気温が下がりお出かけが楽しくなる秋は、キャンプなどアウトドアを楽しみたくなる人は多いもの。気心の知れた友人や家族とのんびりテントを張って過ごす時間は、慌ただしい毎日のなかで貴重な息抜きになりますよね。

伊田綾子さん(仮名・34歳)も、ハイキングや山中ウォーキングなどが好きで「秋になると外の景色を堪能しながら過ごしたくなります」と話す一人。

テントの中から景色を楽しむ人
写真はイメージです(以下同じ)
以前から同じ趣味の友人と近くのキャンプ場などに足を向けているそうですが、昨年の夏は思いがけず怖い思いをしたといいます。

「区画が決まっていてほかの人も見えるこのキャンプ場は、女だけで行っても人目があるから襲われるような危険は少ないだろうと思っていたのですが……」とため息をつく伊田さんに、何があったのかお話を聞きました。

◆安全だと思って選んだキャンプ場だったのに

女性だけでキャンプをするとなると、怖いのは見知らぬ人から悪意を持って手を伸ばされること。周りに誰もいなければ、助けを求めることもできません。

「コロナ禍でキャンプをする人が増えたニュースはよく聞いていました。でも、一人でテントを張っていた女性が男性に襲われたなんて話もあるので、危険を避けるためにお金を払ってスペースを借りるキャンプ場に仲のいい友人と二人で行っています。

昨年の秋に行ったそこも、広い敷地に区画がきちんと整備されていて周囲が見渡せるので、ほかの人の状態などわかりやすくて気に入っていました」

人の気配があることが安心につながると思っていた伊田さん。それまで大きなトラブルを経験することもなく、隣の区画に来た人と軽く会話するような楽しみもあるそうです。

そんな「程よい距離感」をぶち壊したのは、そのときお隣さんになったある家族の男性でした。

◆子連れのファミリーと思って油断していたら…

「その男性は奥さんとふたりのお子さんと来ていて、大きなテントに寝袋やバーベキューのコンロなど、家族連れでのキャンプに慣れているなと感じました。そういう人ならマナーとかもわかっているだろう、と勝手に思い込んだのが間違いでしたね……」

キャンプ
友人と二人でテントを張っている伊田さんに、その男性は気さくに話しかけてきたそうです。

挨拶をするのはマナーだし、「何か迷惑をかけることがあったらすぐに言ってください」と丁寧に伝えたという伊田さん。ところが、男性はふたりをじろじろと見ながら

「どこから来たの? 県内?」

「女の子だけでやってるの?」

「いくつ? 社会人だよね?」

などとタメ口で不躾(ぶしつけ)に質問を飛ばしてきて、「失礼な人だな」と感じた伊田さんと友人はすぐに会話をやめ、隣の視界を遮るようにテントや椅子の位置を調整したそうです。

◆奥さんから見えないところでだけ話しかけてくる

「何がイヤかって、その人、奥さんがいない時を見計らって話しかけてくるんですよ。食材を出していた友達に『何を作るの?』って馴れ馴れしく声をかけたり、こっちが張ったテントのブランドについて一方的に話し始めたり、そんなときって絶対に奥さんがいないんですよね」

キャンプを楽しむ家族
家族と一緒のときはこちらに視線もやらない男性の様子に、伊田さんたちは「セクハラ好きのヤバい人」と感じたそう。

ストレスだけど今さら区画の変更などできるはずがなく、「とにかく相手にしないのが一番だし、向こうも家族が一緒でほかに人もいるし、話しかける以上のことはしないだろうと思っていました」と、周囲の目がある状態を信頼していました。

◆「ライター貸して」頼まれごとに応えたら…

夕方になり、そろそろご飯の準備をしようかと伊田さんたちが話していると、またその男性がやってきます。

「ねえ」と大きな声で呼ばれ、イヤだなと思ったけど無視するのも気が引けて、渋々境界線まで行ってみると、同じようにコンロの用意をしている奥さんの姿が見えました。

「炭に火をつけたいんだけど、ライターを忘れちゃって。よかったら貸してくれない?」

奥さんの手前だからか、すました声でそう続ける男性に、伊田さんはとっさに「嘘だな」と感じたそうです。

「いかにもこっちに話しかける用事を作ったって感じじゃないですか。キャンプ好きな人なら多目的ライターを忘れるとか考えにくいし、そこまでして相手をしてほしいのかと思いましたね」

そばにいた友人も同じ感想で、ふたりで「気持ち悪いね」とコソコソ言い合ったけれど、家族の前ならすぐ済ませられると思い自分たちが使っていたものを差し出しました。

◆隣の気配をなるべく感じないように過ごした

「ありがとうね」と言いながら男性は受け取ったのですが、そのときライターを持っていた友人の腕に触れてきたのを、伊田さんは見逃しませんでした。

「後で返すね」と言われたので、これ以上関わるのはごめんだと思った伊田さんは慌てて「私たちも使うので、ここで待っています」と返し、火をつけ終わった男性からライターを取り返しました。

焚火をする女性
「もう夜だし、話しかけられても無視していよう」と決めて、それからは低い音量で音楽を流して食事を楽しみ、隣の気配をなるべく感じないように過ごしたそうです。

◆夜になると、男が酒を持って乱入してきた

その夜のこと。

ふたりで焚き火を囲みながらあれこれと話していると、がさっと足音がします。

「時間は22時くらいで、周りの人たちは同じように火を起こしているか真っ暗でもう寝ている感じかで、お隣さんも声が聞こえないし、やっと静かになったねと友達と話していたところでした」

そんなときの物音で、ふたりともはっとしたそうですが、姿を現したのは隣のテントの男性。手にはビールの缶を持っていて、「さっきは助かったよ」と言いながらさも当たり前のようにふたりに近づいてきたそうです。

突然のことに伊田さんも友人も言葉をなくし、「椅子から立ち上がれないまま、黙って見ていました」と振り返ります。

男性はふたりの真ん中にどかっと座り、「これ、お礼のビール」と言いながら缶を置き「普段からここはよく来るの?」と一方的に話し始めます。

「……」

こちらはふたりいるとはいえ相手は男性、しかも堂々と発言する様子には威圧感があり、「さすがに怖くなりました。こんな図々しい人は見たことがなかったので、どう対応すればいいのかわからずパニックでしたね」と、体が動かなかったそうです。

◆わざと“借り”を作って近づく口実を作る

すると、友人が「すみません、もう寝るところなので」と切り出し、立ち上がります。

それにつられて伊田さんも立つと、男性も慌てて腰を浮かせて「そうか。悪かったね」とぺこぺこ頭を下げながら帰っていきました。

「心臓がドキドキしたけど、すぐに帰ってくれて本当にほっとしました。友達を見たらすごく怒っていて、『何なのあの人、非常識すぎる。明日、管理事務所にクルマのナンバーを報告するわ』と言っていました。ビールはこっそり向こうの区画内に戻して、早々にテントに入りましたね」

テントの前に立つ女性たち
伊田さんは友人の頼もしさに救われたと話しますが、男性があんな行動に出たのは「私たちがライターを貸したから」だと思っています。

「考えてみたら、何かを貸したら今度はそのお礼を口実にできるんですよね。あのとき断っていたら、あのまま接触することなく終われていたのかもしれません」

でも、断るのもまた勇気が要ることですよね。そもそも、伊田さんがこんな反省をしなくてはならないのがおかしい。まともな常識のある人なら、お礼にかこつけて女性だけの場に図々しく乗り込むようなことはしないはず。

◆一期一会の場でこそ、相手の気持ちを考えてほしい

お互いに見ず知らずの他人であり「今だけのつながり」を楽しめるのもキャンプの醍醐味ではありますが、それは双方が居心地がよいと感じてこそ成り立つ間柄です。

相手の意思を考えず確認することもなく、自分だけが満たされようとする身勝手な振る舞いは、キャンプのような一期一会の場でこそ控えるのが当たり前。女性にとって、自分が寝泊まりするテリトリーに見知らぬ男性が入ってくるのがどれほどのストレスであり恐怖なのか、軽々しく話しかける男性は知っておくべきです。

「おかしな人はすっぱりと相手をしないことが鉄則だと思いました。せっかくのキャンプだったのに、トホホに終わったのが悔しいです」と、伊田さんは改めて自分の身を守る態度について考えています。

―シリーズ「秋のトホホ」―

<文/ひろたかおり イラスト/カツオ>

【ひろたかおり】

恋愛全般・不倫・モラハラ・離婚など男女のさまざまな愛の形を取材してきたライター。男性心理も得意。女性メディアにて多数のコラムを寄稿している。著書に『不倫の清算』(主婦の友社)がある。