「僕のエッセイの精神性を基に、こういう映画ができあがったのは本当に感無量です。他人の目など気にせず、人に迷惑をかけないことであれば、みんなもっと自分の好きなことを自由にやろう。そんなメッセージをお届けできたらいいなと思っています」

髙嶋政宏さん
髙嶋政宏さん
俳優・髙嶋政宏さんは力強くそう語る。

◆髙嶋政宏が企画監修によるSMロマンポルノ映画が話題

今、『愛してる!』という映画が話題になっている。SMを題材にしたこの映画の企画監修が髙嶋政宏さん。言わずと知れた『変態紳士』(ぶんか社)というエッセイで、自らの性癖を率直に表したことで注目を浴びた。女優3人はオーディションで選ばれ、SMラウンジのオーナーはryuchell、監督はホラーの鬼才・白石晃士。

顔ぶれと内容が多くの人の興味をそそったのだろう。舞台挨拶があった公開2日目の客席は満員だった。すでにいくつかの国際映画祭への出品も決まっている。

『愛してる!』舞台挨拶にて。高嶋政宏、乙葉あい、川瀬知佐子、鳥之海凪紗、ryuchell(左から)
『愛してる!』舞台挨拶にて。高嶋政宏、乙葉あい、川瀬知佐子、鳥之海凪紗、ryuchell、白石晃士監督(左から)
この映画は、日活ロマンポルノ50周年を機に作られた「ロマンポルノ・ナウ」3作のうちのひとつ。ロマンポルノといえば、1971年から17年間にわたって当時の若者たちの熱狂的支持を得た成人映画レーベルだ。この中で、神代辰巳、村川透、田中登、曽根中生などさまざまな監督たちが続々と頭角を現し、一種の文化現象ともなった。現在では古典とさえ言われ、「ロマンポルノこそ映画作りの技術と粋がつまっている」と大学の講座にもなっている。

「性」を見せ場とはしているが、「性」が売り物ではなく、そこで織りなされるのは当時の若者たちの鬱屈した感情であったり、迷いや悩みだったり、社会への反発だったりする。だからこそ支持されていたのだろう。

それから50年、時代は変わった。だがもちろん、人の心には変わらないものが渦巻いている。多様性と言いながら画一的であることを押しつけてくる社会、他人に寛容になれない人々……。自由を求めてきた半世紀前より、今のほうが息苦しい世の中になっていないだろうか。

今回の「ロマンポルノ・ナウ」3作品には、そんな通底したテーマがあるように思う。

◆髙嶋政宏のエッセイ『変態紳士』からロマンポルノへ

その中でも異色の作品が「愛してる!」である。髙嶋さんのもとに、エッセイ『変態紳士』を参考にした映画を作りたいと日活から連絡があったという。

「おもしろいじゃないですか、とすぐに会議を開いてもらって、いろいろ話をしたんです。僕のエッセイの精神を反映させた別のストーリーができあがってきたときは感動しました」

髙嶋政宏 「変態紳士」ぶんか社
髙嶋政宏 「変態紳士」ぶんか社
ただ、SMにありがちなステレオタイプになることを髙嶋さんは懸念した。縛られているM女、鞭を振るう女王さま。SMはそれだけじゃないと、愛好家である彼の血が騒いだ。

「だから監督や脚本家を知り合いの店に連れていって、ちゃんと現場を見てもらいました。ショーとしてSMを見せるのと、愛好家が集まる店は違う。その世界では有名な女王さまや緊縛師にも撮影現場に来てもらっていろいろ意見をいただきました。SMを舞台にするなら、リアリティあるものにしてほしかった。監督はフェイクドキュメンタリーの名手ですから、その手法もあいまって、おもしろい作品になりましたね」

映画の世界観や細かなSMシーンは、髙嶋さんや協力してくれたプロの目配りと心配りに満ちている。特に緊縛シーンは極めてリアルで美しい。

『愛してる!』より
『愛してる!』より
◆役作りのためSMショーにひとりで行ったのがきっかけ

ストーリーは、元レスラーで、今は地下アイドルとして活躍するミサ(川瀬知佐子)が、SMラウンジのオーナー(ryuchell)に見初められて女王様の道へと足を踏み入れるところから始まる。そこでカノン(鳥之海凪紗)という一流の女王様に出会い、憧れと畏怖の念を抱く。

ミサに才能があることをいち早く見抜くのが本人役で出演している髙嶋さん。ミサに敵意を燃やす地下アイドルのユメカ(乙葉あい)は、嫉妬をどんな行動に表すのか。そしてミサは本物の女王様になれるのか、そして自分を解放しつづける髙嶋さんは、どういう道をたどるのか。

個性的な登場人物が、それぞれ苦悩する様子はリアルだし、ストーリー展開も無理なくすんなり入ってくる。

「女優さんたちが脱ぐシーンもきわめて自然なんです。ポルノという括りをはずしても、自然な物語の流れでそうなっている」

髙嶋さんは満足そうだ。

『愛してる!』より
『愛してる!』より
そもそも彼がSMに興味を抱いたのは、14年程前に役作りのためにSMショーを見に行ったときだった。「これだ!」と心にピタリとはまり、その後、プライベートでそういった店を訪れるようになった。

「安心安全だと聞いた、とある店に最初にひとりで行ってみたんです。雑居ビルの小さいエレベーターに乗って、ドキドキしながら。ドアを開けたら中はおしゃれで、とてもセンスのいい内装とインテリア。そして、『あら、おにいちゃん、いらっしゃい。ひとりなの?』とママが声をかけてくれたんです。僕が誰であるかなんて関係なく、歓迎ムード。

その後、どういうフェティシズムがあるのかと調書をとられました(笑)。でもそのころは自分が何を好んでいるのか、何に興味があるのか、はっきりとはわからなかった。やはり鞭とか緊縛とか、そんなイメージを書いたような気がします。その後、精進を重ねた結果(笑)、業務用ラップをミイラのように巻くマミープレイがお気に入りなんですけどね」

◆「好きなものを好きと言っただけ」

高嶋政宏さん
微に入り細に穿(うが)って説明してくれる髙嶋さん。最近はコロナ禍で店にも行けず寂しいとつぶやいた。

SMと一口に言っても、内容は多種多様。いじめて喜ぶSといじめられて喜ぶMという単純な世界ではない。単なるプレイとは言い切れないのだ。精神性においては深い信頼関係が必須だし、イニシアティブを握るのはMという構図もある。人の好みがいかに多様か、なおかついかに人の業は深く、欲求が複雑なのかがわかる世界だ。

「僕自身、そういう世界に惹かれていると公言したとき、みんなに『どうしちゃったの』と言われたんですが、清水の舞台から飛び降りるような覚悟でカミングアウトしたわけでもないんです。好きなものを好きと言っただけ。だけど自分をさらしたときから仲間ができたし、なにより自分が楽になった」

SMバーは全裸になるわけでもなく、非常に健全な場所だという。同好の士が集まって、自分の好きなことをしながら、ああでもないこうでもないとしゃべったり、ときには大議論になったり。

「みんなまじめに好きなことを追求しているだけなんです。求道者みたいな人もいますからね(笑)」

◆「僕はSMに出会って自分を解放することができた」

高嶋政宏さん
かつて髙嶋さんは、80歳を過ぎた高齢者たちが悔やんでいることとして「人の目を気にして、やりたいことをやらなかった」というのを聞いたことがある。それが心に残っていて、そんなせつない思いはしたくないと感じた。

だからやりたいことはやると決めたのだ。

「その道のプロが言ったんです。変態は崇高な精神だけど、変質者は犯罪だ、と。まさにそうですよね。人に無理強いはしない、人に迷惑はかけない。それが徹底されていれば何の問題もないと思う。

僕はSMに出会って自分を解放することができた。精神が自由になれたというか……。だから何かやりたいことがあったり興味を惹かれるものがあったら、臆(おく)せず飛び込んでいけばいいと思うんです」

『愛してる!』のメッセージはまさにそこにある。“世間体”など気にせず、自分の好きなことを追求しよう、とこの作品は明るく語りかけてくる。

舞台挨拶でも、髙嶋さんは自身の体験を交えながら元気に映画をピーアールした。世代も性別もバラバラの満席の客から、大きな笑い声と拍手が起こった。

『愛してる!』「ROMAN PORNO NOW」
『愛してる!』「ROMAN PORNO NOW」
誰もが実は息苦しい思いをしている現在、本当の意味での多様性を求めるなら、まず自分から行動を起こしてみることが必要なのかもしれない。その先に「自由」が待っているのではないだろうか。

<文&写真/亀山早苗>

【亀山早苗】

フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。Twitter:@viofatalevio