2020年に行われた文部科学省の調査によれば、不登校の小中学生は調査開始以来、過去最多の19万6127人にも上り、前年から8%も増加したといいます。また、同年の小中高生の自殺者数は前年から25%増の499人となり、1980年以降でこちらも最多の結果となっています。

小学生
※イメージです
 特にコロナ禍では、変化し続ける生活環境に適応できず、ストレスを溜め込んでしまったり、孤立してしまう子供も多いようです。

 長野県の映画館・上田映劇では、さまざまな事情から学校に行きにくい、また行かないことを選択した子どもたちが安心して過ごすことのできる“居場所”を提供する取り組み「うえだ子どもシネマクラブ」が行われています。

 生きづらさを抱えている子どもたちにとって、映画館はどのような場所になり得るのでしょうか。「うえだ子どもシネマクラブ」運営を行うNPO法人アイダオの直井恵さんに話を聞きました。

◆映画館を子どもたちの“サードプレイス”に

©上田映劇
©上田映劇
──「うえだ子どもシネマクラブ」ではどのような活動が行われていますか?

2020年からスタートした「うえだ子どもシネマクラブ」は、創業105年の映画館・上田映劇を拠点に活動しています。そこでは、学校へ行きづらい・行くのをやめた子どもたちの「サードプレイス」(家庭や学校・職場などとは隔離された、心地のよい第3の居場所)として、地域の映画館を提供する取り組みが行なわれています。

主な活動内容は、月2回の劇場休館日に上田映劇のスタッフが選出した作品を無料で上映する「上映会」を開催していて、毎回だいたい平均20~30人ほどの子どもや親御さんが鑑賞に来ます。また上映会のない平日にも、子どもたちが映画の話をしたり、お茶を飲んだりするなどができる場所を上田映劇内で提供しています。

こちらの運営は、NPO団体アイダオ、元引きこもりの子や不登校を経験した子へ向けて自立支援を行なっているフリースクール「侍学園 スクオーラ・今人」、そして上田映劇といった3つのNPO団体が協働で行なっています。他にも、上田市の各学校や教育委員会の関係者、またスクールソーシャルワーカーや就職が困難な青年への支援団体など、さまざまな方々と連携を取りながら活動しており、そちらを通じて困りごとを抱えている子どもたちへ「映画館という居場所があるよ」という声がけを行なっていただいています。

◆場所を新たに作るより、既存の場所を提供する

──こちらの取り組みを始めたきっかけについて聞かせてください。また地域の映画館という場所を活用するに至ったのは、どんな意図からなのでしょうか。

のどかなイメージも強い長野県は「住みよい地域」と言われることも多いのですが、実は未成年の自殺死亡率が全国平均を上回る年が続いているという実態もあるんですね。また若年ひきこもりや不登校など、学校や家庭に安心できる居場所がないといった子どもたちも多いです。

それぞれの理由から幼い年齢で生きづらさを抱えている子どもたちが増えている現状に対して、私たちは<場所を新たに作って提供する>ではなく<地域にある既存の資源を活用して、場所を提供する>ことに意義があると考えました。というのも、学校に行けないからと言って子どもたちが孤立してしまうことはあってはならないですし、その子がなぜ学校に行けないのかということを個人や家庭の問題としてではなく、地域全体の問題として捉えるべきだと思うからです。

また、この活動はコロナ禍の2020年にスタートした取り組みでありつつ、やりながら“この場所をどうしていくか”を模索できたところは、ここが映画館だからこそ可能だったことかなと思います。コロナ禍では公共施設を閉じる要請も出されていたなか、ここは映画館のガイドラインが適用されていたことで、継続して開くことができました。

──上田映劇は、2011年をもって一度閉館したのち、地域から復活を希望する声が多く寄せられたことで2017年にNPOとして運営を立て直していこうと再起動したというバックグラウンドがある映画館ですよね。

はい。創業から100年の歴史を誇る地域の老舗劇場が一度閉館したことは、「映画館はどうあるべきか」を提起するような出来事でした。そこで改めて考えるうち、これまでは映画文化にアクセスすることができなかった層にも映画文化を届けたいという思いが起こりました。それが、良質な映画を子供たちに観てもらう「うえだ子どもシネマクラブ」を始動させたきっかけにもなました。

◆映画には「外には広い世界が広がっていること」を伝える力がある

©上田映劇
©上田映劇
──上映作品の選定にあたり、どのようなことを心がけていますか?

作品選定は、劇場スタッフとともに選んでいるのですが、さまざまな悩みを抱えている子が多いので、まずは観ることでポジティブな感情を得ることができたり、日常から離れて楽しい時間を過ごすといった体験をしてもらえる作品を選ぶようにしています。

また同時に、作品を通じて親や社会との関係性など、自分自身を客観的に捉えることのできる映画体験もしてほしいと考えています。映画には「家庭や学校の外には広い世界が広がっていること」を伝える大きな力があるので、学校へ行けなくなってしまった自分自身を責めてしまっている子どもたちに、その問題は「あなたが考えているよりも小さいことなのかもしれないよ」と伝えられたらいいですね。

基本的には上田映劇の興行作品の中から選んでいるのですが、子どもたちも観たい作品を選んで足を運んでいることがだんだんと分かってきました。なのでスタッフのほうでも選定をこだわり、今では「うえだ子どもシネマクラブ」で上映したいから上田映劇でも上映する、という逆転現象も生まれているんですよ。

──困りごとを抱えている子どもたちに対し、映画を観るという体験はどのような影響を与えているのでしょうか。

映画館に通うことで子どもたちの中に起こる変化は、「学校に通えるようになった」「減薬につながった」などの明確なものだけではなく、目に見えないことも本当に多いです。「うえだ子どもシネマクラブ」の子どもたちとコミュニケーションを取るなかで、それぞれ確実に何かが変わってきていることはすごく実感していて、それを「どうやって“見える化”するか」は私たちの課題でもありますね。こうしたことは、「うえだ子どもシネマクラブ」の取り組みに限らず、「なぜ人間にとって芸術文化は必要なのか」という普遍的な問いかけにも繋がるような気がします。

最近は特に、どんな場面においても人をジャッジするような風潮が強まっていて、子どもたちが自由な発想を持ちづらくなっているように感じています。でも、映画の世界は、突拍子もない自由な発想が魅力として輝く場なので、そんな発想に触れながら多様な人生を体験することは、子どもたちの学びに繋がっていくのではないかと思いますね。

<取材・文/菅原史稀>