椎名林檎のグッズ騒動が広がりを見せています。

『日出処 通常盤』(Universal Music)
『日出処 通常盤』(Universal Music)
 11月30日発売のリミックスアルバム『百薬の長』スペシャルパッケージの特典が、「ヘルプマーク」と「赤十字マーク」に酷似しているとして、ネット上で批判の声があがっているのです。

◆「ヘルプマーク」「赤十字マーク」に似たグッズに加えジャケットにも疑念

「ヘルプマーク」は、義足や人工関節を使用していたり、難病を抱えているために援助が必要であることを知らせるためのもの。そのため、そっくりなノベルティグッズが出回ってしまうと、マークが正しく認識されず緊急時に適切な処置が遅れる可能性があると指摘されています。

ノベルティのアクリル・カードケース(画像:ユニバーサルミュージック 販売ページより)
ノベルティのアクリル・カードケース(画像:ユニバーサルミュージック 販売ページより)
 そして「赤十字マーク」を定められた組織以外がみだりに用いてはいけないと、ジュネーブ条約や日本国内の赤十字法に記されています。

ノベルティのマスクケース(画像:ユニバーサルミュージック 販売ページより)
ノベルティのマスクケース(画像:ユニバーサルミュージック 販売ページより)
 指摘はグッズだけにとどまりません。アルバムジャケットも、アメリカの製薬会社ファイザーのロゴや、大塚製薬の製品パッケージを下敷きにしたと思しき箇所もあること。それらを踏まえたコンセプトがイギリスのロックバンド「スピリチュアライズド」にならっているのではないかなど、様々な疑念を呼ぶ事態になっているのです。

椎名林檎「百薬の長」UNIVERSAL MUSIC STORE限定盤
椎名林檎「百薬の長」UNIVERSAL MUSIC STORE限定盤
◆特設サイトでは「弊社内で協議しております」

 これを受け、UNIVERSAL MUSIC STOREも「多くの皆さまから頂きましたご意見を踏まえ、弊社内で協議しております」とのコメントを発表。追って何らかの対応がありそうです。

 当の本人はというと、今のところはノーリアクション。これまでにも色々と物議を醸しながらその都度コメントを発表してきた椎名林檎ですが、今回は様子が違うようです。

 そこで、赤十字マーク事件とこれまでの騒動との違いを考えてみたいと思います。

◆NHKワールドカップテーマ曲への批判へキャラ設定で押し切った

椎名林檎「NIPPON」ニバーサルミュージック
椎名林檎「NIPPON」ニバーサルミュージック
 最も世間を騒がせた話題といえば、2014年のサッカーワールドカップブラジル大会でしょう。“右翼的すぎる”と議論を呼んだNHKのテーマソング「NIPPON」です。サッカーボールで日の丸を模したジャケットに、捉え方によっては特攻隊を思わせる歌詞が一部から批判されました。

 こうした声に、当時こんな風に応えていたのです。

<ねえ。お騒がせしてすみませんでした。まさか、そんなことになるとは。組み合わせの妙だったんでしょうね。「混じり気」という歌詞だとか、「ニッポン」という読ませ方だとか。><この歌詞だって「死に物狂い」という体験をしたことがある方にとっては、別に何てことのない、素通りするような表現ですよね。> (両者とも『withnews』2014年11月17日掲載記事『椎名林檎「いつも死を意識」「子ども5、6人産む」5年半ぶり新作』より)

 高所から大局を見渡し、全てを把握した随一のソングライターだと印象付ける。そうして箔(はく)をつけるために、折に触れて“お気持ち表明”をしてきたわけですね。

 同じような傾向は、東日本大震災のときでも見られました。言葉のチョイスが独特すぎるお見舞い文です。

<どうか確かに生きてらしてくださいませ。案じて居りますし、お気持ちしっかり、よろしく お頼み申し上げます。>

 常識的に考えればやり過ぎなのでしょうが、それでもキャラ設定で押し切れたと言えるのかもしれません。

「NIPPON」問題、東日本大震災のお見舞い。いずれも個人の思想信条や、感情表現の方法に関わるものだったので、発言も創作の一部として許されてきた。音楽やビジュアルとあわせたパフォーマンスの一環だと、世間も受け止めていたのですね。

◆コロナ禍でのライブ決行時は沈黙。キャラを演じることの限界

 しかし、すべてにその手法が通用するわけではありません。

 ひとつが、新型コロナ初年度の2020年の東京事変ライブ。パンデミックになるかどうかの緊張が高まるなか開催された、自身のバンド東京事変の8年ぶりの再始動コンサートです(編集部注:2月29日のツアー初日、翌3月1日に行われた東京国際フォーラム ホールA公演を決行。その後の全国公演は中止)。バンド結成がうるう年であること、そして東京五輪の開催年(実際は2021年に延期)であることから、譲れない理由があったのだそう。

東京事変「2O2O.7.24閏vision特番ニュースフラッシュ」ユニバーサルミュージック
東京事変「2O2O.7.24閏vision特番ニュースフラッシュ」ユニバーサルミュージック
 2020年はEXILEやPerfumeなど、多くのアーティストが大規模ライブの中止を余儀なくされました。そんな中、椎名林檎は決行に至った経緯や理由を説明することはありませんでした。いつもの突飛な日本語で楽しませるどころか、形式的なコメントすら出さなかったのです。

 これまでなら積極的かつ挑発的な物言いで世間に問いかけただろうに、黙り込んでしまった。

 このとき、筆者はキャラクターを演じ続けることの限界を見ました。平凡な良識が求められる状況では、エキセントリックな個性は足かせになってしまうことを、自らの沈黙によって証明してしまったからです。

 そこでキャラの鎧(よろい)を脱ぎ捨てる勇気があればよかったのですが、すでに表現に占める“特殊な”言葉の割合が大きくなりすぎていた。“大人の対応”を示す機会を逸し続けてきたように感じられたのですね。

 東京五輪の開会式プロジェクトに携わったことで、“国民的アーティスト”に上り詰めてしまったこととも無関係ではないでしょう。意見の相違から開会直前にチームから離脱したとはいえ、“あの椎名林檎が満を持して”登場したというムードを自ら積極的に発信していたのは確かです。いずれにせよ高すぎる下駄(げた)を履いてしまったのですね。

 その意味で、コロナ禍でのライブ強行はキャリアにおけるターニングポイントだったのだと思います。

◆シンプルな日本語で公に向き合うことが求められる

椎名林檎「三毒史」ユニバーサルミュージック
椎名林檎「三毒史」ユニバーサルミュージック
 赤十字マーク騒動も同じことです。しかも赤十字マークを模したグッズ作成は今回が初めてではないことから、自身がアイデア発案の中心にいることは想像に難くありません。

 確かに法的な問題には様々な見解があることでしょう。しかし少なくとも倫理的な問題が浮上したことからすると、なおさら本人による発言や見解の表明が求められているのではないでしょうか?

 その際、面白い表現がなかったとしても誰も文句を言わないはずです。もちろん謝罪する必要もありません。自身の無知と不勉強を認め、当該グッズの作成、流通を止める意思を表明する。それをシンプルな日本語で言えば、すぐに解決します。

“そんなのは林檎らしくない”と不満に思うファンもいるかもしれません。けれども、そんな“つまらない”日本語で公に向き合った時、私達は新しい椎名林檎を発見するのかもしれないのです。

<文/石黒隆之>

【石黒隆之】

音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4