1997年に河瀨直美監督の映画『萌の朱雀』で主演デビューし、シンガポール国際映画祭最優秀女優賞ほかを受賞。デビュー作からその存在感と演技力を高く評価されてきた尾野真千子さん(40)。これまでにドラマ『Mother』、連続テレビ小説『カーネーション』、『最高の離婚』、映画『そして父になる』『茜色に焼かれる』など、多くの作品で観る人の心を揺さぶってきました。

『千夜、一夜』インタビュー
尾野真千子さん
 現在はキャストに名を連ねる、田中裕子さん主演の映画『千夜、一夜』が公開中。田中さんが、ある港町で、行方をくらませたままの夫の帰りを30年も待ち続ける主人公・登美子を演じ、尾野さんは、そんな登美子と出会う、2年前に失踪した夫を探す女性・奈美を演じています。

 本作を「地味な映画。でもそこが魅力」と語る尾野さんに話を聞きました。さらに、実力派の女優として高く評価される尾野さんが、「今でも女優になりたいと思っている」と口に。「私には、この夢しかない」と強い思いを語りました。

◆地味だけどそこが魅了の映画

地味だけどそこが魅了の映画
『千夜、一夜』より
――かなり重いテーマの作品です。

尾野真千子さん(以下、尾野)「最近、こういうどっぷり映画! みたいな映画って、なかなかない気がします。正直、地味な映画ですよね(苦笑)。だけどすごく考えさせられる。本当に地味だけれど、でもそこがこの映画の魅力だと私は感じています」

◆最初、奈美は酷いなと思った

――尾野さんの演じた奈美は、田中裕子さん演じる登美子とは、対照的な選択をする人物として登場します。

最初、奈美は酷いなと思った
『千夜、一夜』より
尾野「結婚していた人がいなくなって、少し待っていたんだけど、諦めて次の人に行こうとする。台本を読んで、奈美のことを、最初はちょっと酷いなと思いました」

――でも現実的ですよね。奈美には奈美の人生があるわけですし、まだまだ未来もあるし。

尾野「そう、すごく現実的。感情の面で考えると酷いなと思うんですけど、でも納得するところもあって。今って情報も多いから、ほかにも人生の選択肢はもっとあるはずだと考える人は多いでしょうし。だからこそ、余計に登美子さんの生き方は、心底すごいなと。後半の夜のシーンの登美子さんなんて、本当に美しいです」

◆田中裕子さんは空気が違う

田中裕子さんは空気が違う
『千夜、一夜』より
――田中さんは大先輩ですが、尾野さん自身も今や先輩としての立場になってきています。実際、若手の俳優さんにお話を聞くと、憧れや尊敬する先輩として尾野さんのお名前が挙がってきます。

尾野「えー、本当ですか? 自分自身が先輩としてかぁ。考えたことないです(苦笑)。まだまだ追いかける方だから。私が追いかけられる立場だとは一度も思ったことがないですね。見本になるようなこともやってないし。田中さんほどになれば違いますけど。田中さんは、やっぱり存在というか、空気が違います。しかもご自身の持っているオーラを、役柄によって出すぎないように調節できる。スゴイですよ。こうなりたいと思える先輩です」

◆女優になりたいという夢を忘れたら、女優じゃなくなる

――尾野さんは、今でも「女優が夢」とお話されていますよね。

女優になりたいという夢を忘れたら、女優じゃなくなる
『千夜、一夜』より
尾野「そうです。職業は? と聞かれたら『俳優、女優です』と言いますが、同時に『夢はなんですか?』と聞かれたら、『女優です』と答えます。本当に、今でも女優になりたいと思っているんです。いや、まあ女優なんですけど。でも女優になりたいという夢を忘れちゃったら、女優じゃなくなる気がするんです。私のなかで、“女優”って、ずっと憧れだし、女優の形って本当にいろいろあるから掴めないし。その夢を追って、持ち続けているからこそ、今も続けていられる気がするんです」

――女優の形はいろいろあるとのことですが、作品も、演じる役柄も本当にさまざまで、年齢によっても変わってきますね。

尾野「だからその都度、目指すところも変わってくるし。追いかけるものがどんどん変わるんです。でも私には、この夢しかない」

◆観てくれる人を笑顔にしたい、できる職業なんだ

――尾野さんは、さまざまな賞も取られています。そうした評価も、追いかけ続けるモチベーションにつながりますか?

観てくれる人を笑顔にしたい、できる職業なんだ
『千夜、一夜』より
尾野「そこは完全なご褒美です。賞をもらいたいから芝居をやっているわけではないし、でもそうやって、自分が好きでやってきたことに対して評価をいただけるというのは、純粋にご褒美だと感じます。それより、このお仕事をしていて素敵だと感じるのは、人にも夢を与えられたり、笑顔にできる職業なんだということ。それが返ってきています」

――返ってきている?

尾野「うちはすごく仲良し家族なんですけど、でも昔は私、幸の薄い役とかしかやってなかったから、家族も観てくれてなかったんです。ドラマに出演しても『ワンシーンでしょ』みたいな感じで(笑)。でも私も少し知られるようになってきて、そしたら家族も私の仕事に興味を持ってくれて、だんだん楽しんで、笑顔になるようになった。

 それに、私の作品ではないのだけれど、姪っ子たちが職業ドラマを見て、その職業になりたいと夢を持ったりしている。そういうのを聞くと、もっと頑張らなくちゃと思います。観てくれる子どもに夢を与えたり、観てくれる人を笑顔にしたいな、できる職業なんだなって。続けてきたことで、だんだん返ってきた。だから評価というのも、いただくことによって、もっと自分が知られるようになれば、より多くの人を笑顔にできるようになるのかなと思います」

◆この女性の姿を「あなたはどう思いますか?」

この女性の姿を「あなたはどう思いますか?」
――最初に本作は「地味」というお話もありましたが、それこそ尾野さんが出ているということが、足を運ぶきっかけにもなります。

尾野「そうだと嬉しいです。『とにかく観て!』としか言えない映画なので。この作品に共感して欲しいとは、私は思っていません。ただ、この主人公の女性の姿を『あなたはどう思いますか?』と投げかけている作品。きっと、いろんなことを感じられます。あと! 舞台になっている佐渡(新潟県の島)がすごく美しいんです。船じゃないと行けないような場所なんですけど、でも船に乗ってでも行きたくなると思いますよ」

佐渡(新潟県の島)がすごく美しい
『千夜、一夜』より
(C) 2022映画『千夜、一夜』製作委員会

ヘア&メイク/黒田啓蔵(Iris) スタイリスト/関口琴子(ブリュッケ)

<撮影・文/望月ふみ>

【望月ふみ】

70年代生まれのライター。ケーブルテレビガイド誌の編集を経てフリーランスに。映画系を軸にエンタメネタを執筆。現在はインタビューを中心に活動中。@mochi_fumi