元TBSアナウンサーの宇垣美里さん。大のアニメ好きで知られていますが、映画愛が深い一面も。
そんな宇垣さんが映画『PIG/ピッグ』についての思いを綴ります。
●作品あらすじ:オレゴンの山奥で、孤独な男ロブ(ニコラス・ケイジ)はトリュフ狩りをする忠実なブタと住んでいましたが、ある日大切なブタが何者かによって強奪されてしまいます。
ロブはブタを奪還するためにポートランドの街まで下り手がかりを捜しますが、故郷でもあるその場所で自身の壮絶な過去と向き合うことになります。
主演、ニコラス・ケイジ自身が後世に残したい3本の映画のひとつとして挙げ、オバマ元アメリカ大統領が選ぶ2021年度お気に入りの映画12本にも入った本作を、宇垣さんはどのように見たのでしょうか?(以下、宇垣美里さんの寄稿です。)
◆予想を大きく裏切る、抑えた演技の光るとても静謐な映画
「俺のブタを返せ」。そう凄むニコラス・ケイジの横顔がででんと載ったポスターに、敵をばったばったとなぎ倒し大暴れするブタ版『ジョン・ウィック』が如くヴァイオレンスな復讐劇を想像する人は多いだろう。観賞後、その予想は大きく裏切られる。むしろその種の映画へのアンチテーゼのように思いもよらないところへと着地する、抑えた演技の光るとても静謐な映画だった。
トリュフをかぎ分ける能力を持つブタとオレゴンの山奥で高級トリュフを採りながら隠遁生活を送っていたロブは、ある日唯一の家族であり相棒のブタを何者かによって強奪されてしまう。ロブは大切なブタを取り戻すべく、トリュフバイヤーの若者とポートランドの街へと下る。かつてその街で暮らしていたロブは昔なじみの人脈を伝い、己の過去や他者と真摯に向き合うことで2人は真相へと辿(たど)りつく。
◆怒りや悲しみを寡黙な横顔と、凄みある佇まいで表現する、ニコラス・ケイジの存在感
各章に料理の名前がつけられた3幕構成となっており、重要な要素となる芳しい料理とともに描かれるのは、愛と喪失について。愛するものを喪ったとき、人はどうやって受け止め生きていけばいいのかという普遍的な問いだ。
“愛”の象徴ともいえるブタへの思いと、大切なものを奪われた怒りと、どうしようもない悲しみを、セリフでも暴力的なアクションでもなく、寡黙な横顔と凄みある佇まいで表現するニコラス・ケイジの存在感に圧倒された。
捜索の末に訪れた街一番のレストランでロブがシェフにかける言葉が重い。「なぜ周りを気にする? 誰一人君に関心はない」「君が本気で勝負してないからだ」「本気になれることはそうないぞ」。それは山あり谷ありの経歴を持つニコラス・ケイジという俳優の独白のように感じた。
ブタを奪われた際に流した血の痕をそのままにしていた彼が物語の最後、川でそっと顔の汚れを洗い流す。暴力や復讐では癒やし切れないぽっかり心に開いたその穴と向き合い、その傷を抱えて生きていくと決めたロブの寂しい背中が目に焼きついて離れない。演技派ニコラス・ケイジの代表作がまた増えた。
『PIG/ピッグ』
出演/ニコラス・ケイジほか 監督・脚本/マイケル・サルノスキ 脚本/ヴァネッサ・ブロック 配給/カルチュア・パブリッシャーズ ©2020 Copyright ©AI Film Entertainment, LLC
<文/宇垣美里>
【宇垣美里】
’91年、兵庫県生まれ。同志社大学を卒業後、’14年にTBSに入社しアナウンサーとして活躍。’19年3月に退社した後はオスカープロモーションに所属し、テレビやCM出演のほか、執筆業も行うなど幅広く活躍している。