香取慎吾主演映画『犬も食わねどチャーリーは笑う』が、絶賛公開されている。夫の悪口を自由な筆致で綴る「旦那デスノート」に、自分の妻・日和(岸井ゆきの)が人気投稿者として呟いていることを主人公・田村裕次郎(香取慎吾)は知るのだが……。
ここまでじりじりとリアルに、それでいてコミカルな夫婦関係が描かれるのは、『箱入り息子の恋』(2013年)や『台風家族』(2019年)などの市井昌秀監督ならでの手腕だ。2008年の「ぴあフィルムフェスティバル」では、審査員(香取)と出品者(市井)だった関係値が、作品演出に反映されてもいるだろう。
今回は、「イケメンと映画」をこよなく愛する筆者・加賀谷健が、主人公・田村裕次郎役の香取慎吾さん、裕次郎が働くホームセンターの店員・若槻役の井之脇海さん、浦島店長役の的場浩司さんに、豪華スリーショット・インタビューを行った。市井監督の独特な現場の雰囲気やそこから立ち上がるキャラクターへの三者三様のアプローチを聞いた。
◆「台本を読んだ時点で、妻に優しくなっていると思います(笑)」
――非常にコミカルで人間関係についてコンシャスな市井昌秀監督のオリジナル脚本ですが、まず脚本を読んだときの印象はどうでしたか?
香取慎吾(以下、香取):コメディ作品ですけれど、静かに淡々と進んでいく雰囲気が新鮮でした。あまり自分では演じたことない作品だったので嬉しくもあり、完成した作品を観客として観たときにも、好きな映画だと思いました。
――的場さんはどうでしたか?
的場浩司(以下、的場):香取さんが演じる裕次郎と岸井さん演じる日和の台詞のやり取りを読んでいて、おふたりがどんな芝居をするのか、想像しちゃうわけですよ。それを想像している時間がとにかく面白かったです。
仮面夫婦として表面的には仲がよさそうで、でも裏では、奥さんがSNSでややこしいことをやっている。これは夫婦の関係性の中で起こる“あるある”だなと思いました。自分の結婚生活のことも、つい考えてしまいましたね。僕の場合、妻がSNSで悪口を言っているとは想像しませんでしたが、妻に対して裕次郎と同じような扱いをしていないかなと不安になりました。台本を読んだ時点で、妻に優しくなっていると思います(笑)。
香取:(笑)
――井之脇さんはどうですか?
井之脇海(以下、井之脇):脚本に書かれている以上に大きな可能性を感じました。僕が演じた若槻役は、演じようによってはどうにでも演じられると思いましたし、他の役柄にしても、例えば、浦島店長のラップやうんちくを語る場面は、台本に書かれている事柄が、役者が演じることによってさらに面白くなるなと思ったんです。
◆「想像を膨らませるよりは、潜る感覚」
――「旦那デスノート」の人気投稿者であるチャーリーが自分の妻だと知った裕次郎がその夜、スマホの画面にかじりついて右人差し指でスクロールする冷や汗ものの表情。結婚式で虚脱モードの表情を浮かべる若槻、そして、結婚式前に若槻のことをラップで茶化したことを後悔する浦島店長。キャラクターがそれぞれ引き立つリアルな表情がたくさんありましたが、具体的にはキャラクターとどのように向き合っていきましたか?
井之脇:僕は、なるべく等身大でいようと思っていました。実際に結婚したことはないですが、もし自分がマリッジブルーになったらどうだろうと想像しました。
あまり誇張せずにそこに潜っていく。想像を膨らませるよりは、潜る感覚です。市井監督にアドバイスをいただきながら、その過程で様々な表情を積み重ねた結果、結婚式でのあの表情になりました。
――的場さんはどんなことを意識していましたか?
的場:コメディ作品であることをあまり強く意識せずに芝居をしようとしていました。(今回の作品は)お芝居を妙に誇張させるコメディ作品ではないと思ったからです。浦島店長は変わり者ですが、ああいう人は実際にいます。笑わせようと思って芝居をするのではなく、真面目にすることで面白い方向に持っていければなと思いました。
特に浦島店長の場合は、自然でないと、観客が冷めてしまうキャラクターです。監督と相談をしながら、浦島店長像を作り、とにかくできるだけ自然に芝居をしていきました。
◆「真面目に芝居をすることによって逆に生まれるもの」
――的場さんは、自然体からコミカルさを滲みださせるアプローチだったわけですね。
的場:人間というのは、それがくだらないことなのに一生懸命になっている姿が面白く映るものですよね。例えば、慎吾ちゃんが鳥の唐揚げが大好きだとします。鳥の唐揚げのことを一生懸命になって話していたら、好きだという熱が伝わると同時に、香取さんって面白いな、と思う。たかが唐揚げなのに、そこまで熱を持って話すからです。僕は慎吾ちゃんが唐揚げ好きか、実際は分からないですが(笑)。
香取:好きです、唐揚げ!
的場:あっ、ありがとう(笑)。
井之脇:(笑)。
的場:そうした日常の例のように、真面目に芝居をすることによって逆に生まれるものがあると思うんです。
香取:僕も的場さんのように自然なアプローチを意識していました。でも表情の演技に関しては、監督に「もうちょっと、もうちょっと」と、誇張した演技を求められた演出がところどころありました。
仕上がりの映像を見て確認すると、あの場面ではこのぐらいの表情があった方がよかったんだなと思いました。おそらく顔の表情で演技する場面では、初めのテイクは、僕の演技がもっと静かだと思います。
――まさにスマホの場面など。
香取:はい、あの場面はクランクイン直後の撮影でしたが、作品のトーンとしても自然体を意識して、静かな演技として表情を作っていました。それが場面によっては、誇張するんだなと気づいて、コツをつかんでいきました。
的場:僕は、慎吾ちゃんと逆で、自然にやっているつもりなのに、「もうちょっと表情を抑えてください」と指摘を受けました。店長、副店長、店員の三人でコミカルなやり取りをするロッカールームの場面など。
監督とは何度もディスカッションしましたが、ほんとうに面白い方です。演出中に悩むと、ひとりで頭をがりがりかきながら考えてて(笑)。監督とは初めての現場だったので、なるべく監督のイメージを叶えたいなと思って演じていました。
◆「市井監督は、憎めないというか、愛らしいというのか(笑)」
――2008年の「ぴあフィルムフェスティバル」では香取さんが審査員で、そのときに市井監督が出品した『無防備』(2007年)がグランプリを受賞しています。さらに、香取さんの楽曲「FUTURE WORLD(feat.BiSH)」のミュージックビデオを市井監督が監督するという間柄です。市井監督は、脚本同様に現場でもかなり素の面がでていたんですね。
香取:的場さんが仰るように、監督は面白いんです。頭を抱えてる監督にスタッフ、キャスト全体がついていくなんて、あんまりないかな(笑)。
的場:そうね。悩んでる姿が、素敵なんですよ。いい作品にしようと、ワンカットワンカット、考えて、立ち止まって。そのワンカットに魂を込めている。作品に真剣に向き合っているから、どのカットに対しても妥協しない。譲らない。しかし現場では、役者の芝居を見て、そこからどうすれば面白くなるのか、スリリングに見えるのかを懸命に考えておられました。素敵な監督だなと思いました。
香取:僕らが「こうしたいんでしょ!」と監督の考えていることを汲み取ると、すると今度は監督が「やっぱりやめます」となるんです(笑)。それに翻弄されていくにつれて、現場のみんなが「この人のために」という雰囲気になりました。監督は、憎めないというか、愛らしいというのか(笑)。
――井之脇さんは、市井監督の現場は、今回が初めてでしたか?
井之脇:初めてです。以前から作品を拝見して、ご一緒したいと思っていました。市井監督作品のシュールさについて考えていました。どうやって撮っているのか、ずっと疑問だったんです。カメラワークには意図的な演出を感じますが、おそらく芝居はそうした計算だけではないだろうと。
すると、やっぱりそうだったわけです。自然に演じる中でちょっとした変な間が生まれ、しかもそれをフラットに演じているからこそ、芝居が跳ねる瞬間がありました。それを今回の現場で体験できたことが面白かったです。
◆「すべてルーティーンの中にあるんです」
――香取さん演じる裕次郎の行動で面白かったことがあります。難所を切り抜ける秘策としての肘舐めです。まさかの場面でも、ほんとうにあんな力があるのかと驚きました。みなさんにも裕次郎のように、何か緊張をほぐす方法があったら、教えてください。
香取:撮影前に何もしない。あまり準備をしずぎないないことです(笑)。
的場:(笑)。
――香取さんは前日に台本を読み込んで台詞を頭に入れたりしないと聞きました。
香取:そうですね。子どもの頃に準備していって、物凄く緊張して失敗した経験があるんです。結局のところ、現場でしか分からないことがたくさんあります。現場に監督に言われたこと、現場の空気、現場で着る衣装など、それらの要素を総合していくうちに、じわじわ肌感覚として分かりました。
――どのあたりの作品からそういうスタイルになりましたか?
香取:スタイルとして確立された時期は分かりませんが、何となく感じるようになったのは、おそらく小学生か中学生だと思います。
的場:僕は、映像の現場で悪い緊張をすることがないんですよ。逆に言えば、普段の自分でいることが、現場で緊張しない方法なのかもしれません。
――的場さんでも緊張するものはあるんですか?
的場:舞台は、緊張します。自分が舞台に出演し始めたのが、30代と遅かったので、未だにすごく緊張します。ただそのときの緊張は、ほぐさないです。悪い緊張はほぐす必要がありますが、気を乗せている緊張は持っているべきです。
僕は、台詞を覚えていきますが、現場に入って、本番寸前になるまでは、全然集中していません。でも、本番直前なると、きゅっとしめて、自分の世界を作ります。
井之脇:僕もあまり緊張しません。朝起きて、シャワーを浴びて、身体をふいて、髪を乾かして、バナナを食べて、プロテインを飲んで、家をでるときは、左足からというように、ルーティーンが多いからかもしれません。
的場:え~。
香取:すごい。
井之脇:エレベーターの中でストレッチをしています(笑)。無意識ですけどね。家をでて仕事場に行くまでが、すべてルーティーンの中にあるんです。それを毎日やっていると、同じリズムで現場に行けるので、変な緊張感は持たないです。的場さんが仰ったように、いざ撮影となると緊張しますが、その緊張感は大切にしています。
的場:間違えて右足からでちゃったことはないの?
井之脇:ないですね。僕は昔、お婆ちゃんと住んでいたので、「畳みは左足で越しなさい!」などの教育が染み付いているんです。
的場:あ~、なるほど(笑)。
――それは、映像、舞台関係ないんですか?
井之脇:関係ないです。舞台のときも、時間前に入って、どういうストレッチをして、何分前になったら、楽屋を閉めてというのが、全部ルーティーンとしてあります。
若槻は、等身大の役だったので、背伸びせず、気負わずに、すうっと、演じることができました。
◆「お互いがお互いのことを、思い続けること、考え続けること」
――余貴美子さん扮する蓑山が、夫婦関係は、「鰻の掴み取り」だと言ったり、「相手のことがわかったと思ったらまたわからなくなる」という印象的な台詞から、人間関係について学ぶべきことが多い本作です。本作を通じて、価値観が変わったなと思うことはありますか?
香取:言葉を声にだすことの大切さについて、僕は、この作品を通して、改めて考えさせられました。観客のみなさんにも、是非、そんなことを感じていただけたらと思います。
的場:それぞれのキャラクターがユニークな作品です。一回ではなく、何度観てもほんとうに笑える映画だと思います。毎回、誰か違う人の目線で観ることをおすすめします。
昔はよく、「空気のような関係は、素敵だよね」と言っていました。長く一緒にいるから「空気のような関係」というのもいいのかもしれませんが、空気はそもそもなくなったら息ができなくなる。それくらい大切なものなんです。だからこそ、この作品を通じて、お互いがお互いのことを、思い続けること、考え続けることが大切だと感じました。
井之脇:この作品には、様々な結婚模様があります。裕次郎と日和のふたりは、あまり夫婦関係がうまくいっていない。他にもバツ三の人がいたり、これから結婚しようとして、マリッジブルーになる人、女性同士で法律上は結婚できない人。でも、どんな形であっても、結局は、お互いのことを思い合っていることだと思うんです。
すれ違っていても、どこかで相手のことを思っている。本作が描く結婚を通して、誰かのことを思い、自分自身のことを考える、ちょっとしたきっかけになったらいいなと思います。
<取材・文/加賀谷健>
【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。
ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu