「『TAKECO1982』のお店を始めたのは、73歳のときです」と語るのは、スパイスブレンダーでスパイス料理研究家の吉山武子さん。お店は久留米にあるスパイス専門店。『80歳のスパイス屋さんが伝えたい人生で大切なこと』(KADOKAWA)は、40歳でスパイスに魅了され、以後スパイスとともに生きてきた、吉山さんの人生のレシピです。

 現在80歳の吉山さんは、84歳のご主人を介護しながら、築83年の一軒家に住み、お店を経営しています。元気とバイタリティの秘密はどこにあるのか、本書から紹介していきますね。

◆経営の楽しさを知ったのは18歳の時

経営の楽しさを知ったのは18歳の時
写真は本書より(以下同じ)
 吉山さんのご実家は和菓子屋さん。18歳になる頃には、お父様が考案したお菓子をデパートで販売するため、売り子をしたことも。「初めて物を売る楽しさを知った」と言いますが、当時、この経験がのちのお店経営につながると誰が想像したでしょう。実家の和菓子屋、そして吉山さんのお兄さんに嫁いだお義姉さん。当時中学生だった吉山さんは、お義姉さんにくっついて料理のお手伝いをしていたそうです。

 さらに料理との縁は続きます。花嫁修業と称し、夜間の料理学校に2年間通ったのです。やがてお見合いで現在のご主人と知り合い、23歳で結婚。結婚した先の近所にも料理教室があり、同じ建物に自然食のお店もありました。そこで運命のスパイスカレーに出会うのです。

◆40代でスパイスの道へ

40代でスパイスの道へ
 インドのスパイスカレーを食べた衝撃は、「鳥肌が立つほど大感激」。40代でカレー教室を手伝うようになり、スパイスの勉強も開始します。振り返ると吉山さんの周囲にはいつも「おいしさ」がありました。結婚し、子育てをし、ここにきてスパイスという形で結実したのでしょう。スパイスは種類も多く、効能も様々。カレーの教室があると聞けば東京まで出かけ、有名シェフのお店にも出向いたそうです。

 やがて尊敬する料理の先生に出会い、7年間勉強。40代のうちに「スパイス料理を教えながらスパイスを販売する」移動教室をひらくまでになるのです。

◆移動スパイス料理教室の日々

移動スパイス料理教室の日々
 今でこそあたりまえになったケータリングや出張料理ですが、当時はまだめずらしかったに違いありません。でも、小さな子供がいて外出できない、といった事情を抱えた人にはありがたいもの。吉山さんの移動スパイス料理教室も大好評で、カレー以外のレパートリーも増えていきました。

 主婦が主催するというのも新しかったのでしょう。テレビや新聞の取材も受け、産業文化祭のオファーも舞い込みました。「千食カレー」というイベントで、吉山さんは一気にカレー1000食を作ったそうです。

◆73歳でお店をつくることに

73歳でお店をつくることに
 やりがいのある移動スパイス料理教室ですが、60代の後半から体力的にきつくなりました。引退を考えていた時、食品会社を経営していた姪御さんから「お店をつくる」というまさかの提案が。73歳になっていた吉山さんには「青天の霹靂(へきれき)」。とはいえ、ここでも吉山さんが持つ「おいしさ」の縁が炸裂したのです。食品会社を経営するプロの目から見ても、吉山さんがブレンドするスパイスとスパイス料理は、かけがえのない逸品だったのでしょう。

◆お店に顔を出すのは週に1回程度

「スタッフを雇い、家庭生活に支障がない範囲でやる」というのが、姪御さんの打開策でした。「世の中には、タケちゃん(吉山さん)のスパイスを欲しがっている人や、まだ知らない人たちがいっぱいいる」と姪御さんの説得が続きます。吉山さんも、吉山さんのご主人もついには折れて、お店作りに着手しました。

 現在の吉山さんは、ご主人とふたりの生活を主体にし、お店に顔を出すのは週に1回程度。週に4~5回デイサービスに通うご主人に合わせて、全ての用事を済ませているそうです。

◆朝食に炊くのは「ターメリックご飯」

朝食に炊くのは「ターメリックご飯」
 仕事はペースダウンしましたが、吉山さんの日常にはいつでもスパイスがあります。朝食に炊くのは「ターメリックご飯」、フルーツには「レーズンミックスを加え、シナモンパウダー、ナツメグを振りかける」。ターメリックは認知症にいい効果がのぞめ、シナモンには血行をよくしたり胃腸の働きを良くする効果が、ナツメグには口臭予防や食欲増進の効果があるといわれているのです。

 本書を読むと、スパイスが身近に感じられ、もっと探求したくなります。まるで吉山さんの好奇心が伝染してくるよう。吉山さんの加速する情熱は、留まることを知りません。いくつになっても遅くはなく、思い立ったが吉日。情熱に身を任せて行動を起こすことで、必ず実を結ぶのではないでしょうか。吉山さんのチャレンジはスパイス同様、こちらの心もホットにしてくれるのです。

<文/森美樹>

【森美樹】

1970年生まれ。少女小説を7冊刊行したのち休筆。2013年、「朝凪」(改題「まばたきがスイッチ」)で第12回「R-18文学賞」読者賞受賞。同作を含む『主婦病』(新潮社)、『母親病』(新潮社)、『神様たち』(光文社)を上梓。Twitter:@morimikixxx