イタリア在住ライターのゆきニヴェスです。じつは私、普段のお仕事はイタリア某所にある超高級ヴィラ(隠れ家リゾート)の受付係をしています。

◆「訳ありカップル」が訪れる「隠れ家」的なリゾート

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※写真はイメージです
街の喧騒を外れた深い森の中。収容人数わずか20人。それなのにデッキチェアが並びバーカウンターもある屋外プールと、セラピストが常駐する室内スパまである。そんな「限られた客」のための宿泊施設なので、経営者をはじめ、医者や弁護士、建築家といったいわゆる「士業」にたずさわる富裕層がヨーロッパ中から集います。

もちろん朝から晩まで極めて優雅で気品あふれるふるまいばかり。

……と思われるかもしれませんが、リッチだろうがなんだろうが「男と女」。場所は、おじいさんまで道行く美女に「ベッラ、ベッラ(かわいいね、かわいいね)。コーヒーでもどうだい?」などとナンパに余念がない「アモーレ(愛)の国」イタリア。しかも世間の目が届かない「隠れ家」的なリゾートともなるとやっぱり「訳ありカップル」も訪れるわけです。

◆「現金払い」にこだわる「訳あり客」

今回紹介する客から電話がかかってきたのは、ある初夏の金曜午後。

「あの~。今晩から二泊、日曜日の朝まで泊まれますかね?」

電話の向こうから聞こえてきたのは東欧訛りの英語。話しているのは若い男性です。

私の働く隠れ家リゾートも事前予約のほうが料金割引となるのですが、「金額は気にしない」という層はどこにでもいるものです。

「ええっと。はい、1室だけ空いております」

「それはダブルベッドの部屋ですか? ツインベッドの部屋ですか?」

「ダブルベッドです」

「ああ。良かった~」

心底ほっとしたような声。どうやらダブルベッドの部屋が空いているリゾートやホテルを必死で探して、あちこちに電話していた様子。

ダブルベッドでいっしょに寝ることにこだわるということは……つきあい始めのラブラブのカップル? それとも新婚さん? 受付係というものはまるで探偵のように、客の言葉の端々から様々な想像を働かせるものです。

「あっ、支払いですがクレジットカードではなく現金でだいじょうぶですか?」

「はい。だいじょうぶです」

ハハン、なるほど~。これでピンときました。超高級リゾートに泊まる客というのは普通ゴールドカードどころかプラチナカード、はたまた「利用限度額無制限」とも言われるブラックカードをひらひらとこれ見よがしに見せたがるもの。

それなのに支払いの「証拠」が残らない「現金払い」にこだわるのは……「訳ありカップル」確定です! ○○興業とか△△物産といった企業名で領収書を出してくれる「おもてなしの国」ニッポンのラブホテルとはわけが違い、ここではリゾート名がそのまま取引明細に記載されます。

「あともう一つ。今から出発するので到着が深夜になるんですけど……だいじょうぶですか?」

◆自称「夫婦」は意外なカップル

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さてその男性が「お相手」を伴って現れたのは本当に「深夜」の午前0時過ぎです。

古いフランス映画などで、自家用車の屋根にも荷物を山ほど載せて地中海へひと夏のバカンスに向かうといったシーンをご覧になったことがある方もいると思いますが、陸続きのヨーロッパでは「車で長時間移動」はざら。そのカップルもチェコのプラハからなんと10時間かけてやってきたのでした。

ずっと運転を担当してきたのでしょうか。スーツに身を包んだ30歳過ぎの男性は疲労困憊。

一方の「お相手」のほうは助手席でゆっくりお休みになったのでしょうか、元気いっぱい。男性がチェックインの手続き中もしなだれかかり、スイートな声を出しています。部屋に入ったらあま~い夜を過ごす気満々の様子。

まあ、それはいいのです。ここは「アモーレの国」イタリアで、しかも「隠れ家リゾート」。カップルのプライベートに首をつっこむのは「野暮」というものです。

でも……「お相手」の女性は豪華そうなジュエリーに身を包んだキャリアウーマン風の50代女性。さてさてどういう関係でしょう?

翌朝も男性は女性にじつに甲斐甲斐しく奉仕しています。レストランやスパの予約はすべて男性。荷物運びもすべて男性。一方の50代女性はというとその間、のんびり外を眺めていたり、プールサイドでグラスを傾けていたり。

予約の電話をしてきたことも含め、どうやら男性の「本来」の仕事は、会社経営者である女性の「秘書兼運転手」。チェックイン時に身分証明書を提示してもらうので「夫婦」でないことは明らかです。それでも女性はスタッフやまわりの客に「ウチの夫なんですの」と紹介。

……いやいやいや、彼が「若いツバメ(年下の愛人)」であることは、み~んなわかっていますから。

◆「若いツバメ」はつらいよ!?

でもその自称「夫婦」の2人。じつに仲がいいんです。

リゾートからいちばん近い町まではアップダウンがきついので、多くのお客様が車かタクシーで出かけます。でもこの2人、行きも帰りも歩いて30分の距離を往復。しかも出かけるときももどってくるときも、ギュッと手に手をとりあって。

きっとお住まいの場所では「社長と秘書」としてしか外を歩けないのでしょう。移動の時間もあえてゆっくり徒歩でデート気分を楽しみたい。そんな思いがつないだ手から伝わってきて、なんとも微笑ましかったです。

特に「やり手ビジネスウーマン」の仮面をはぎとって、一人の「女」として異国で羽を伸ばして甘えている社長は「恋する乙女」のようにすごくうれしそうで、なんだかキュートに見えてきます。

で~も。週末のアバンチュールを最後まで満喫したいのか、チェックアウト後にリゾートを出発したのは日曜日の19時。自国までの移動はきっと夜通しの10時間ドライブ。「若いツバメ」くんも大変です!

<文/ゆきニヴェス>

【ゆきニヴェス】

脱サラを機にヨーロッパ中を旅し、ワイン好きが高じてイタリアに住み着いた自他ともに認める自由人。フリーライター及び取材コーディネーターとしても活動中。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員