中川大志が大輪の花を咲かせた。大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(NHK総合)の第36回で中川大志が演じた畠山重忠の活躍と最期に注目が集まり、大河主演待望論が一気に巻き起こっている。

『鎌倉殿の13人』第36回  中川大志が演じた畠山重忠
畠山重忠と主人公・北条義時(小栗旬)との語り合い(第35回)から一騎打ち(第36回)まで、24歳の中川が39歳の小栗と互角にやり合ったときの凄みと深みといったらない。史実的には1164年生まれの畠山と1163年生まれの義時。義時のほうが若いので、畠山のほうが貫禄あって然るべき。それを中川は立派に演じきったのだ。

◆最期の最期までかっこよかった 人間の鑑

復習しておくと、テッペンをとるために陰謀渦巻く鎌倉幕府。畠山重忠は鎌倉の御家人13人のひとりで、“武士の鑑”とも言われた人物。ドラマでは「優男(やさおとこ)」と呼ばれているが、文武両道で才色兼備の設定だ。伝説では、源義経(菅田将暉)の鵯越作戦のとき馬を背負って急な崖を駆け下りたと言われるほどの猛者である。

何かと優秀な重忠は北条ファミリーの娘・ちえ(福田愛依)を嫁にもらいファミリーの一員になって安泰かと思ったら、ファミリーのドン・北条時政(坂東彌十郎)の野心によって土地を奪われそうになり、それを発端に時政との対立がはじまる。

武士のプライドを賭けて戦い命を落とすがこれによって時政の評判が著しく落ちるきっかけを作った。捨て身で腐敗した政治に物申し、最期の最期までかっこよかった。まさに武士の鑑。いや、人間の鑑。

◆畠山の喪失感が大きかった理由

「鎌倉殿の13人」は北条ファミリーが源氏に取り入って権力を拡大していくなかで邪魔者を容赦なく殺していくデスゲーム的な物語で、ここのところ、毎回、誰かが死んでいる。消えていく者たちはみんなそれぞれクセが強いが、亡くなるときに見せ場があって、ひと花咲かせ、生き残った人のほうが残念に見えるようになっている。

(画像:『鎌倉殿の13人』NHK公式サイトより)
(画像:『鎌倉殿の13人』NHK公式サイトより)
畠山の見せ場はとりわけ惜しい逸材を亡くした喪失感が大きかった。なぜかといえば、北条ファミリーの欺瞞(ぎまん)に物申して死んでいったからだ。物事の良し悪し関係なくファミリーが生き残るために周囲を蹴落とすことに、それでいいのかと問いかけたのは畠山だけである。

正直、当初、畠山はそんなに重要な役割をするとは思っていなかった。馬を背負うような武勇伝は描かれず(無理)、「優男」味が強く、イケメンをとりあえずひとり配置しておこうという狙いなのかとも思った。

年齢的にも歴史上の人物の年齢と、俳優の実年齢が合わなくてどう見ていいのか戸惑いもあったし、そもそも畠山重忠の出番はピンポイントで、義経、義高(市川染五郎)や上総介(佐藤浩市)などと比べると見せ場は少なめで退場回を迎えたわけだが、この後半の追い込みがすごかった。いきなり最終コーナー後方から先頭集団にぐんぐん追いついて、一気に抜けてトップでゴールしたという感じだった。

何がそんなに凄かったかというと――。

◆中川大志による畠山重忠の凄さ3つ

『鎌倉殿の13人』第35回  中川大志 畠山重忠 小栗旬 北条義時
その1:声がしっかり落ち着いている。お腹から出して、現代人の日常会話的ではない。とても意識的に声を出していたと思う。

その2:馬に乗って刀を振り回しても安定感がある。難しいと思うのだが、体幹が鍛えられているのだろうか。その安定感が“武士の鑑”に説得力があった。

その3:他人を貶(おとし)める人たちばかりのなか、最後まで正義を貫いた。自分の子を殺されても復讐しなかった。義時にとどめをさせる状況だったのにしなかった。……という役割を実に清々しく演じきった。

◆中川大志、24歳の若さで深い台本の読み込み

畠山、最期の回に当たり行われた取材会に筆者は出席し、TVブロスWEBで記事をまとめたのだが、中川の台本を深く読み込み適切に解釈して内容のある回答に感心した。

「だからこそ、この先、鎌倉をなんとかできるのは義時しかいないことを、本気で戦い、本気で死ぬことによって義時に示したのだと思います」という重忠の心境の解釈など、取材する側にとって実に取材甲斐のある俳優である。

24歳でこれだけ話せるのはなかなか凄いと筆者は思う。

「(『鎌倉殿』の現場は)先輩ばかりでやはり緊張しましたが、飲み込まれず戦い抜くことを目標にしてきました。誰よりも強く誇り高い畠山重忠という役が毎回、自分を奮い立たせてくれたと思っています」と言うように役に真剣に向き合うことで、自分自身を高めていったのだろう。俳優の魅力が役を良くすることもあるし、役の良さが俳優の能力を輝かせることもある。畠山重忠と中川大志はその両方だったのではないだろうか。

◆「真田丸」と同じく歴史物語の理想へ

畠山重忠は若さゆえの情熱で上の者を糺(ただ)そうとする役割ではなく、主人公の北条義時と共に人生を、戦場を歩んで来た者同士、自分たちの生きてきた道がこれでいいのか確かめ合うような、青春を振り返るような成熟したやりとりを演じることになった中川。実年齢の若さも相まって、畠山重忠を瑞々(みずみず)しさももったまま大人になった人物に作りあげたことが、第36回で多くの視聴者の心を動かしたのではないだろうか。

あまりに良すぎて、死ぬことが美談に感じてしまうところであった。

ほんとうは死で物事を解決するすることを美談にしてはいけないと思うけれど、史実で亡くなっているのだから仕方ないことだ。でも、もしかして畠山は死なずに義時を殺して彼が鎌倉を立て直して歴史が変わるかもしれないという、あり得たかもしれないもうひとつの世界を想像するほどの、わかっているはずの先がわからないスリルがあった。

それは歴史物語の理想であろう。結末がわかっていてももしかして変わるかもしれない領域に行く。同じく三谷幸喜の書いた大河「真田丸」がそうだった。その物語の展開に今年の大坂の陣は豊臣が勝つのではないかとネットを沸かせたものだった。

◆朝ドラ「なつぞら」で見せた柔らかさとスマートさ

中川大志は子役からキャリアを積んでいて、大河は子役の頃に出演して以降、今回が4作目。大河と並ぶ、NHKの2大人気番組のもうひとつ・朝ドラ「なつぞら」(19年)ではヒロイン・なつ(広瀬すず)の夫役を演じた。

「NHKウイークリーステラ 2019年8/16・23合併号」NHKサービスセンター
「NHKウイークリーステラ 2019年8/16・23合併号」NHKサービスセンター
この夫・坂場一久はたいそう頭の良い名アニメ演出家で、なつのアニメーターとしての資質を伸ばしていく役割を担った。このときもまだ21歳だったが理路整然と物事を考え、広い視野で作品づくりをする人物をスマートに好演していた。

この手の頭のいい役を演じる人はちょっと堅苦しく見えて、性格俳優的な雰囲気になってしまうこともあるのだが、中川はいい塩梅(あんばい)に柔らかさも持って演じていて親しみやすかった。

◆時代劇も演じられる中川に大河主演も本気で期待

クセのない的確な表現と華をあわせ持ち、朝ドラのような昭和の香りのする番組、現代劇も、時代劇もバランスよく演じられる。まだまだたくさんの花を咲かせてくれそうだが、このなかで時代劇を演じられることは昨今、重要で(所作などもできる俳優がなかなかいないので)、大河主演も本気で期待したいところだ。

ちょうど、舞台で「歌妖曲~中川大志之丞変化~」(22年11月)に主演も控えている。演歌と演劇というような、昔ながらの商業演劇の小屋・明治座の座長をつとめるのも昭和と令和をつなぐ重要人物として期待されている証に違いない。

「歌妖曲~中川大志之丞変化~」(22年11月)
先ごろ、発表されたNHK の時代劇、ドラマ10「大奥」にも出てほしい。すでに出演が発表されている福士蒼汰と似ていると言われてきたことを逆手にとった役を見たいと女子SPA!編集者も熱い期待を語っていた。

◆『鎌倉殿の13人』第37回「オンベレブンビンバ」NHK総合ほか 9月25日(日)午後8時~

『鎌倉殿の13人』第37回「オンベレブンビンバ」
政子(小池栄子)、大江広元(栗原英雄)らと新体制を始動させた義時(小栗旬)は、泰時(坂口健太郎)を自身のそばに置き、強い覚悟で父・北条時政(坂東彌十郎)と向き合う。

一方、時政を蚊帳の外に置かれ憤慨するりく(宮沢りえ)は、娘婿・平賀朝雅(山中崇)を担いで対抗することを画策。三浦義村(山本耕史)を誘い、反撃ののろしを上げる。

北条家内の対立が激化する中、源実朝(柿澤勇人)は和田義盛(横田栄司)のもとへ…

<文/木俣冬>

【木俣 冬】

フリーライター。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』など著書多数、蜷川幸雄『身体的物語論』の企画構成など。Twitter:@kamitonami