<亀山早苗の恋愛時評>
次々と報道される有名人の結婚離婚。その背景にある心理や世相とは? 夫婦関係を長年取材し『夫の不倫がどうしても許せない女たち』(朝日新聞出版)など著書多数の亀山早苗さんが読み解きます。(以下、亀山さんの寄稿)
◆ryuchellの離婚コメントに賛否
タレントのryuchellさんと妻でモデルのpecoさんが突然、離婚を発表してから約1ヶ月。
「父親としての役割は誇りをもってできるのに、夫でいるのがつらかった」という言葉は、世間をにぎわせた。
彼のセクシュアリティと密接にからんだこのできごと、一部では「pecoがかわいそう」「子どもがかわいそう」とも言われ続けている。一方で、ryuchellのインスタグラムには、吹っ切れたように美しくなった彼の写真が掲載されている。デビューから20年のときを経て、自分らしさを全開させるようになった氷川きよしさんのことも頭をよぎる。
◆どれほど苦しかったのだろうかと想像に難くない
ryuchellさんはpecoさんについて、「初めて好きになった女性」と言っている。ふたりはその後、インタビューに応じた。ryuchellさんは離婚発表の前日に、4歳の息子に「男の子が男の子を好きになることもあるよね」と話したそうだ。pecoさんがフォローして「ダダ(パパ)はそういう人なんだよ」という話もしたと語っている。
彼は、自身の恋愛対象については最初からわかっていたのだろう。だが人間的に、全人格的にpecoさんのことを好きになった。彼女はたまたま女性だった。だからそのまま結婚し、息子が生まれて3人家族になった。そういうことなのではないだろうか。
ただ、ryuchellさんはやはり異性が好きなわけではなく、「夫」という役割にもなじめなかった。「夫役割」と自身の距離に本人がいちばん戸惑い、心が壊れかけていたとpecoさんが証言している。
ふたりは18歳で恋に落ち、21歳で結婚、23歳で親になっている。ryuchellさんがジェンダーレス男子として人気者になったのは周知の事実だが、実際のセクシュアリティについてはpecoさんも知らなかった。彼は妻に「騙していてごめんなさい」と言ったそうだ。どれほど苦しかったのだろうかと想像に難くない。自分自身でいることが相手を騙すことにつながるとまで思い詰めていたのだから。
◆ますます複雑化するセクシュアリティの中で
セクシュアリティとは、人間の性のありかた全般を指す言葉。これは2019年に厚労省研究班が作った「Tokyo Sexual Health」というプログラムで規定されているセクシュアリティの定義である。そこには生物学的な性、自認する性、性的指向などが含まれる。
かつてだったら、生まれたときに生物学的に女であれば、そのまま本人も「女である」と自認して成長、異性を好きになるのが当然で、結婚して子どもをなす、というのが通常のパターンだった。
ところが現在は違う。生物学的に女に生まれたとしても、性自認は男かもしれない。さらに恋愛対象が男かもしれないし女かもしれない。
さらに社会的・文化的に作られる性別=ジェンダーの領域になると、そこはもっと細分化されるようになってきている。
LGBTQのみならず、他者に恋愛感情は抱くが性的欲求は抱かない人もいれば、複数の人に恋愛感情や性的欲求も抱く人もいる。
自分が何者であるかは、まさに「個人」によって違う。それを口にすることができるようになったことだけは進歩かもしれない。
◆枠にとらわれず、自由に自然な形を選択
ふたりは「新しい家族の形」を選んだ。離婚届を出したことで、別居するのではないか、ryuchellに好きな人ができたのではないかと噂が飛び交っているが、今のところ4歳の息子を真ん中に父と母がパートナーとして寄り添う形の家族ができあがっている。
家族であっても夫婦ではない。パートナーであっても男女関係ではない。枠にとらわれず、個人が、それぞれのカップルが自由に自分たちにとっていちばん自然な形を選択できる。そんな世の中の扉を開いたことになるのではないだろうか。
彼らは「自分たちのありようを認めてほしいと訴えるつもりはない」らしいが、実際に正直に打ち明けたことで、迷っている人たちの背中を押すことにはなるかもしれない。
「ryuchellは子育てのいいとこ取りをしている」という意見もあるが、発表後のインタビューを見ると「なにひとつ今までと変わっていない」と彼らは言っている。ただ、ryuchellさんの気持ちは楽になっただろうし、すべてを知ったことでpecoさんも彼への信頼感が増したのではないかと推察できる。
いつかふたりが別居したり、どちらかに新たな恋人ができたりしたら、また世間は騒がしくなるのだろう。だが、それもまたふたりの人生であり、きっとこのふたりなら話し合って冷静に穏やかに相手をリスペクトしながら、子の親として関わっていけるはずだとも思う。
◆多くの人たちがより幅広く利用できる、新しい形のために
パートナーシップは現在、大きな転換期を迎えているのかもしれない。
法的には異性間での結婚しか認められていないが、同性パートナーシップ制度は大きな広がりを見せている。今後はこのパートーナーシップ制度に法的なメリットも盛り込み、さらには異性パートナーシップ、ファミリーシップ制度に向かっていけば、より幅広く利用できるものになっていくはず。
戸籍制度による結婚形態とは違う、新たな形ができれば多くの人たちがそこに参入していけるのではないだろうか。
◆世間体より「私たちらしさ」を選ぶ人たちが、より快適に生きられる社会へ
誰もが「自分らしく」生きたいと願っている。そして世間体より「私たちらしさ」を選ぶ人たちが、より快適に生きられる社会が必要とされているのではないだろうか。
形より実態、見せかけより心のありようが大事なのだ。それをryuchellとpecoのふたりは見せてくれた。あとは見ている私たちの心の自由度、寛容度が諮(はか)られている。
<文/亀山早苗>
【亀山早苗】
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。Twitter:@viofatalevio