2022年9月23日より公開されている映画『犬は食わねどチャーリーは笑う』のキャッチコピーは、「コメディだけど怖いんです、いい意味で」だ。
その通り、本作は基本的にはクスクスと笑える内容でありながら、ゾッとさせる夫婦関係の「深淵」を覗くようなホラー要素もあり、さらに意外な感動も待ち受けている、優秀なブラックコメディ&恋愛ドラマ映画だったのだ。さらなる魅力をお伝えしよう。
◆妻の殺意を知った時の顔から笑える
本作の最大の魅力は、「良い年の重ね方をした香取慎吾が史上最高にポテンシャルを発揮している」ことだと断言する。
まず、アップで見せる表情からして面白い。誰もが笑いながらも同情もしてしまうのは、旦那への恨みつらみをネットに記す「旦那デスノート」の存在を知り、そして「明らかに自分のことを書いている」書き込みを主人公が見た時のことだ。
身に覚えのありすぎる自分の行動のひとつひとつに、愛する妻が恨みつらみ、いや殺意を覚えていると知った香取慎吾の、恐怖と戸惑いが入り混じったその顔は、「笑っちゃ悪いけど笑ってしまう」ものとして最高だったのだ。
◆身長の高さが物語上でも活かされた
香取慎吾の身長の高さ(182cm)が、物語上でしっかり活かされたことも特筆すべきだろう。何しろ主人公はホームセンターの従業員であり、お客さんが手を伸ばしても届かない場所にある商品を、軽々と取ってくれたりするのだから。
しかも、ただ優しい店員さんというだけでなく、その身長の高さは岸井ゆきの演じる妻との出会いの理由のひとつにもなっていて、さらには後半のとある展開にも見事に生かされていた。
ちなみに、香取慎吾と岸井ゆきのの実際の身長差は約32.5cmと大きい。さらには15歳という年の差もあり、それも含めて2人はキュートでお似合いのカップルに見えることだろう。だからこそ、リアルでは笑顔で夫に接していたはずの岸井ゆきのが、ネットでキレのある殺意の言葉を書き込みまくる様が怖いのだが……。
◆子供っぽい性格も含めて好きになれる
その後も、香取慎吾演じる主人公はそれなりにダメな言動もしてしまうので、「そりゃ旦那デスノートに書き込まれるよな」とも思ってしまうし、さらにリアルでの夫婦喧嘩に発展する様は情けないやらおかしいやらで、やっぱり笑ってしまう。
一方で、香取慎吾が「得意げにトリビアを語る様」は憎めないし、時にはもちろん優しく誠実な面も見せるのでキュンキュンもしてしまう。母性本能をくすぐるタイプの香取慎吾を期待する人も必見だろう。
しかも、香取慎吾は「ずっとここで働いていたんだろうなあ」と本気で思えるほどにホームセンターの従業員役が板についていて、お客さんへのアドバイスの内容そのものも魅力的なので「これを聞いたらなんでも買ってしまいたい」とも思える。そう感じさせるのは、香取慎吾というその人が40代半ばになり、顔にもシワができていたりしていて、良い年の取り方をしていると思える、人生の積み重ねが見えることも大きな理由だろう。
それでいて、香取慎吾らしい、見ているだけでニコニコしてしまう親しみやすさや、底抜けに明るい印象も健在。それでいて劇中の役の性格はちょっと子供っぽくて、見た目が大人になった香取慎吾とのギャップも含めて、主人公のことが好きになれるのだ。
◆弱い部分もぜんぶさらけ出したのかもしれない
もはや「香取慎吾以外では考えられない」とまで思える役柄だが、市井昌秀監督によると、実際に彼が主演を務めることは脚本を書き始める段階で確定していて、そこには「平凡な日常を生きる香取さんが見たい」という願いもあったそうだ。
さらに市井監督は「香取さんの中にも、わずかにあるかもしれない、自身の弱い部分もぜんぶさらけ出してほしい」と香取慎吾に提案し、これに彼は「思い当たるところがある」などと言い期待に応えたという。
おかげでというべきか、誰もが知るスターである香取慎吾が、良い意味でどこまで「素」なのかもわからないほど、本当に近所にいそうな平凡な男(ちょっとダメな夫)としての弱さを見せていることもまた、ギャップとして楽しめる内容になったのだ。
◆やや現実離れした展開にも感動がある
市井監督の映画では、やや現実離れしている、人によっては「引いてしまう」ほどの、ぶっ飛んだ展開が用意されていることが多い。今回も同様で、特に「同僚の結婚式」と「妻が勤めるコールセンター」でのとある出来事に、「ええっ!?」と驚いてしまう人は多いだろう。
賛否も呼ぶポイントかもしれないが、そこに至るまでの伏線は巧みに張られているし、周りが引いてしまうほどの出来事は「夫と妻にしかわからないこと」を示していて、さらには普遍的な「生き方」や「願い」の寓話(教訓を含む物語)にもつながっている。観客それぞれの人生にフィードバックできるかもしれない学びを、一度観たら忘れらないインパクトのある「飛躍」をもって提示していると言えるので、筆者は大いに肯定したい。
もっとわかりやすく言えば、展開そのものは「そんなことしないでしょ」「あり得ないだろう」と思ってしまう一方で、「でも言っていることは正しいし、何なら感動もした」という印象が本作および市井監督作品にはあり、それも楽しんでほしい。
旦那デスノートに殺意を書き込んでいた一方、常識人な面も見せていた岸井ゆきの演じる妻が、クライマックスではっきりと強い意志を持つ女性として描かれてることにも、感動する人もきっと多いはずだ。
◆面白い2つの裏設定
最後に、劇中では描かれていないが、知って観てみると面白い「裏設定」を2つ紹介しておこう。
1つ目は、劇中の夫婦が「何かを買うときに相談しながらモノを買う」習慣がある、ということ。そう思うと、家の中にある家具それぞれに夫婦の「これまで」が垣間見えるようだし、同僚の結婚式から帰ってきた後のとある描写からも、「ああ、この2人はずっとそうだったんだろうなあ」と納得できるだろう。
2つ目は、タイトルにもなっている「チャーリー」という名のフクロウは、ホームセンターでなかなか買い手が見つからなかったため、夫婦が家に迎え入れたということ。そのように本来は優しいはずの夫婦の、滑稽でもある喧嘩をただじーっと見つめたりしているチャーリーは、映画を観て笑ったり怖がったりしつつ、客観的にも捉えたりする、我々観客に近い存在だろう。そのチャーリーと同じ目線で、ぜひ楽しんでほしい。
<文/ヒナタカ>
【ヒナタカ】
「女子SPA!」のほか「日刊サイゾー」「cinemas PLUS」「ねとらぼ」などで映画紹介記事を執筆中の映画ライター。
Twitter:@HinatakaJeF