米津玄師とつんく♂。意外過ぎる組み合わせが音楽シーンをにぎわせています。

◆米津玄師の新曲にモー娘。の歌詞から引用

 アニメ『チェンソーマン』(テレビ東京系で10月11日放送開始)の主題歌「KICK BACK」で、モーニング娘。のヒット曲「そうだ!We’re ALIVE」のフレーズを使いたいと米津からの申し出があったのだそう。それは<努力 未来 A BEAUTIFUL STAR>という部分。

 このフレーズをどう使うかなど詳細に知らされていなかったものの、「好きなようにやってもらったらいい。最終的に使わなかったらそれはそれ。作品とはそういうものだ」と男っぷりを見せたつんく♂。

 すると出来上がった曲は、「彼の頭の中にあった一欠片のひらめきはいつの間にか、強力なメッセージとなり、美しい旋律と共に僕の耳の中に入ってきた」と感服するほどに素晴らしい仕上がりだったというのです。(note「つんく♂のプロデューサー視点。」2022年9月19日より)

◆全く違う色に塗り替えた、音楽を愛する者にしかできない発想

「そうだ!We’re ALIVE」をご存知ならばあの歌詞を音楽とともに思い出すことができるでしょう。こぶしを突き上げて歌う振り付けで、あえて一音のメロディにすることでスローガンを叫ぶような効果を生んでいました。

 ところが、これを米津は全く違う色に塗り替えてしまった。一語一語のアクセントを因数分解するようにずらすことで、メロディの動きが入り込む余地を作ってみせる。そこに彼のトレードマークである疾走感と悲哀を帯びたマイナーコードが絡(から)むと、<努力 未来 A BEAUTIFUL STAR>が反語的な真実味をもって迫ってくるわけです。

 この借用はまぎれもなく音楽を愛する者にしかできない発想であり、つんく♂が「一欠片のひらめき」と称したものは、生活のすべてを音楽に傾けているからこそ降りてくるギフトだと言っていいでしょう。

◆米津が「そうだ!We’re ALIVE」歌詞から選んだ理由

 とはいえ、数あるつんく♂作品の中で、なぜ米津は「そうだ!We’re ALIVE」を思いついたのでしょうか。たとえば<日本の未来は 世界がうらやむ>(「LOVEマシーン」)みたいに、もっとみんな知っている曲があるじゃないかと思うかもしれません。

 しかし、そこにソングライター米津の鋭さを感じるのです。おそらく彼は意味以上のものを求めていたのではないでしょうか。

モーニング娘。「そうだ!We're ALIVE」ZETIMA
モーニング娘。「そうだ!We're ALIVE」ZETIMA
 つまり、“努力”、“未来”といったひとつひとつは手垢(てあか)のついた言葉のあとに、“A BEAUTIFUL STAR”がもたらす飛躍。語句の持つサウンドと字面のビジュアル的な強さ。これを「KICK BACK」に取り入れたかったのではないかと想像するのです。

 なぜなら、今回のような彼らの関係性はまぎれもなくソングライティングの歴史の一部だと言えるからです。

◆奥田民生提供のPUFFYの曲と、山下達郎の名曲との意外な関係

“日の下に新しきものなし”(旧約聖書)との格言を持ち出すまでもなく、ソングライティングは無数の模倣(もほう)と借用を経て、質を高めてきました。米津玄師とつんく♂のエピソードを聞いて思い出したのが、ジミー・ウェッブ(注1)とハリー・ニルソン(注2)の関係です。

 ニルソンが「Gotta Get Up」という曲を作る際、ウェッブの「Up Up and Away」のフレーズを使ってもいいかたずねたというのです。まさに米津とつんく♂の間にあるミュージシャンシップと同じですよね。そしてニルソンも米津と同様に、借用したフレーズに新たな息吹を吹き込んだわけです。

 歌詞ではありませんが、「渚にまつわるエトセトラ」(PUFFY 作詞・井上陽水 作曲・奥田民生)と「さよなら夏の日」(作詞・作曲 山下達郎)の間にも無言のリスペクトがあることに気づきます。

「さよなら夏の日」のイントロが、<リズムがはじけて恋するモード>というファンシーな言葉によって生まれ変わっている。使うのに気が引けるほどの大ネタも、彼の手にかかるとあっけらかんとしたものです。

 また、奥田民生は<立派な人達は立派な人達だ>(「人の息子」)という歌詞を、大胆にも川端康成の『伊豆の踊り子』から引用しています。

 いずれも大胆不敵な姿勢で先人へのリスペクトを示している点で、特筆すべき存在です。

◆宇多田ヒカルやTHE BOOMも古典の引用に独自の姿勢

 古典をもとに独自の問題意識を作り上げるアーティストもいます。

 エドガー・アラン・ポー(注3)の詩「The Raven」をモチーフに、自身の内面を徹底的に探っていった宇多田ヒカルの「Kremlin Dusk」(Utada名義)や、日本国国歌「君が代」を引用する形で沖縄の問題をポップソングの形で世間に突きつけたTHE BOOMの「島唄」。

 これらは音楽的なテクニックとしての借用を超えて、ポップソングにできることを追求する姿勢が際立つ例です。

 他にもこうした例は数え切れないほど存在しています。至るところで無数のやり取りから生まれる信頼と敬意が、綿々と続くソングライティングという営みを支えているのです。

◆米津のアイデアを受け止めた、つんく♂のデカさ

 その意味で「KICK BACK」で示した米津玄師の真摯な姿勢には大きな意義がある。彼の熱意によって、主題歌決定がただのエンタメニュース扱いで終わらずに済んだからです。

 そして、若者のアイデアを思う存分に受け止めたつんく♂のデカさもあっぱれ!

 noteの文面からも、年齢差など関係なく対等な相手としてリスペクトをする姿勢がひしひしと伝わってきました。読んでいてとても清々しい気分になりました。

 これは何百万枚の売上、何億もの再生回数を記録するよりも大きな価値を持つことでしょう。

(注1)アメリカのシンガーソングライター。76歳。作詞、作曲、オーケストレーションの3部門でグラミー賞受賞。カントリー歌手のグレン・キャンベル、ポップス歌手のリンダ・ロンシュタットなどに楽曲を提供。代表曲に「By The Time I Get to Phoenix」、「Wichita Lineman」、「MacArthur Park」など。

(注2)アメリカのシンガーソングライター。1941-1994 映画『真夜中のカーボーイ』の主題歌「Everybody’s Talkin’」(オリジナルはフレッド・ニール)の世界的大ヒットで知られる。マライア・キャリーもカバーした「Without You」(オリジナルはバッドフィンガー)でも有名。自身の代表曲に「I Guess the Lord Must Be in New York City」、「One」など。

(注3)アメリカの詩人、小説家。1809-1849 ゴシック小説の『アッシャー家の崩壊』や推理小説『モルグ街の殺人』などで知られる。

<文/石黒隆之>

【石黒隆之】

音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4