いつも接している家族が健康なのは、「幸せで当たり前」ではありませんよね。今回はそんなことに気づかされた女性のエピソードをご紹介しましょう。
◆無口でまじめな父が倒れた
永野久美子さん(仮名・28歳・派遣社員)は、両親と実家で暮らしています。
「私の父(53歳・会社員)は、無口でクソ真面目な性格なので、私や母(51歳)に歩み寄って笑わせようとか一切しない人で」
しつこく「ねぇ、何か面白い話してよ」と言うと、お父さんの好きな歴史小説や釣りの話をしてくれるのですが、毎回久美子さんやお母さんは退屈で眠くなってしまうんだとか。
「私と母はバラエティー番組が好きでよく一緒に観るのですが、父はそんな私達を横目に『こんなのくだらない』とブツブツ言いながら自分の部屋にこもってしまうんですよ。とにかく昔から趣味が合わないんですよね」
そんなある日、久美子さんが会社で仕事中にお母さんから着信がありました。
「こんな時間に珍しいなと思っていると『お父さんが、脳梗塞で緊急入院した』とLINEがきて、血の気が引きました。とにかく早退させてもらい病院に走りました」
◆病院にかけつけると…
電車で教えてもらった病院の最寄駅まで行き、タクシーに飛び乗った久美子さんの頭の中は「昨夜もつまらないことでお父さんにからんでしまい、まだ謝ってもいない。もしあれが最後の会話になってしまったらどうしよう」「自分の趣味ばかりを押し付けず、もっとお父さんの好みを尊重してあげればよかった」など、後悔の念が渦巻(うずま)いたそう。
「病室に入ると母はいなくて、ベッドに仰向けに寝ている父と2人きりでした。父のまぶたがゆっくり開いて、私をジッと見つめてきたので『お父さん、私だよ!分かる?』と声をかけました」
するとお父さんは、久美子さんから目をそらさずに「く…」と唇を動かしましたが…。
◆父の一言で放心状態に
「はっきり私の目を見ながら『クワガタ』って、全く表情変えずに言ったんですよ。その瞬間“あぁもう以前みたいにお父さんとコミュニケーション取れなくなっちゃったんだ、取り返しがつかないってこういうことなんだな”と背中がゾワゾワして震えが止まらなくなってしまって」
そんな放心状態の久美子さんに、お父さんが「おい久美子、ごめん、冗談だよ冗談」と微笑みかけてきたそう。
「思わず、もー!!って座り込んで泣き笑いしてしまいました。こんな場面でそんな冗談言う?と思いましたが、本当に良かったとホッとした気持ちでいっぱいになりましたね」
◆入院後、明るく変わった父
幸いお父さんは軽い脳梗塞で、後遺症も手術の必要もなく、明日には帰宅できると言われました。
「どうやら父も今回の緊急入院で『久美子が言うように、もっと家族に寄り添って楽しい冗談が飛び交うような家庭になるように努力すべきだった』と後悔したみたいで…やっぱり同じこと考えて、親子ですよね」
それ以来お父さんはとても明るくなり、久美子さん達と一緒にバラエティー番組を観るようになったそう。
「『ちゃんと観てみたら面白いんだな』とゲラゲラ笑って楽しそうですよ。ちなみに『有吉の壁』がお気に入りみたいです」
そして、久美子さんとお母さんも「一緒に釣りに行きたい」とお父さんにお願いしてみましたが…。
「『釣りは1人静かに楽しむものだから』と断られてしまったんですよ(笑)ですがあれ以来『クワガタ』は父の鉄板ギャグになり、なにかあるとすぐに連呼して、私達を笑わせてくれるようになりました」
<文・イラスト/鈴木詩子>
【鈴木詩子】
漫画家。『アックス』や奥様向け実話漫画誌を中心に活動中。好きなプロレスラーは棚橋弘至。著書『女ヒエラルキー底辺少女』(青林工藝舎)が映画化。Twitter:@skippop