女性は嫌がっているのに、立場を利用して個人的な時間を執拗(しつよう)に求める男性。

中西裕太さん(仮名・37歳)は、自分の部署に入ってきた派遣社員の女性が別のフロアの課長からセクシャルハラスメントの被害にあっているのを知り、思い切って社長に“告発”しました。

考える男性
写真はイメージです(以下同じ)
「同じ会社の人間として本当に恥ずかしい」

と話す中西さんですが、社長に事実を伝えることに怯(ひる)んだのも事実だそうです。

「俺の立場が悪くなるかもとか、やっぱり考えました。

でも、これを放置したら別の女性も同じ被害にあうかもしれないし、何よりその派遣社員の女性を放っておくことができませんでした」

「今も告発を後悔していない」ときっぱりと顔をあげる中西さんに、当時の様子を教えてもらいました。

◆新しく入ってきた派遣社員の女性

中西さんが勤めるのは、IT系の中小企業。人手不足で大変だったとき、派遣社員として部署にやってきたのがA子さん(29歳)でした。

「勉強熱心で、わからないことはすぐに聞いてくれるし修正も早いし、安心して仕事を任せることができました」

メンバーとのコミュニケーションもスムーズに取れて、あっという間に部署に馴染んでくれたA子さん。中西さんは直接指示を出す立場として、「一番会話をしていた」と振り返ります。

オフィスで働く女性
そのA子さんに変化があったのは、配置されて2ヶ月ほど経った頃。

中西さんが廊下にある給湯室に向かうと、なかでは別のフロアで働く男性課長とA子さんがふたりきりで話していました。

「この人がどうしてここに?」

中西さんが不審に思ったのは、普段めったにこのフロアに来ることがないのにその課長が給湯室にいることと、A子さんが困ったような顔をしていたこと、ふたりの距離が「妙に近いな」と感じたことです。

◆「あの人にずっと食事に誘われているんです」

「失礼します」

と慌てたように出ていくA子さんの様子が気になり、中西さんは後でこっそりと「何かあったの?」と尋ねたそうです。

困惑したような表情でしばらく黙っていたA子さんでしたが、意を決したように

「実は、この間からあの人にずっと食事に誘われているんです。

そういうことはできませんと断っているのですが、『みんなには黙っていればいい』とかさっきも言われて、もう行くしかないのかなって……」

と打ち明けてくれました。

◆女性に近づくため? 契約外の仕事を頼んでいた

驚いた中西さんは、課長とA子さんのつながりについて尋ねます。

「どうやら俺の知らないところでその課長が簡単な入力とかをA子さんに依頼していて、それを俺や部署の上司には黙っていてと言われていたことがわかりました。

A子さんにはうちの部署でちゃんとすることがあるし、これはありえないと思って」

と、中西さんはまず怒りが湧いたそうです。

仕事
その課長がどうやってA子さんのことを知ったのかは不明ですが、その日のことを思い出せば彼女に近づくためにわざわざ仕事を頼んでいる可能性は高いと思いました。

本来の依頼の筋とは違うことで、中西さんは考えた末に直属の上司に「○○部の○○課長がA子さんに勝手に仕事を頼んでいます。派遣の契約内容とは違うことだし、やめさせてもらえないでしょうか」と直談判します。

◆まともに取り合ってくれない上司にがっかり

ところが、上司は「そのくらいのことならたいした負担にもならないだろう。向こうも人手が足りないんだから、やってもらえばいいじゃないか」とまともに取り合うことはせず、A子さんにその課長の依頼も任せるよう中西さんに告げたそうです。

「A子さんは決して暇じゃないし、そもそも契約と違うことをやらせても何とも思わない上司には本当にがっかりしましたね」

悔しそうに話す中西さんですが、このことを聞いたA子さんは

「私のために、ありがとうございます。期間満了になるまでだし、何とかやっていきます」

としっかりした声で答えたそうです。

◆「上司の誘いを断るのか」無理やり車に乗せられたA子さん

直属の上司が動かない以上は中西さんも次の手を打てず、A子さんには「無理だと思ったらすぐに言ってください」と何度も伝えていたそうです。

それからしばらくして、あるお昼休みのこと。

その日は朝から暗い顔をしていたというA子さんは、部署のみんなでお弁当を食べているとき、ぽつりとこんな言葉を漏らしました。

「昨日、帰ろうとしたら○○課長が駐車場で待っていて、食事に連れていかれました。

用事があるのでと帰ろうとしたら『上司の誘いを断るのか』ってきつい声で言われて、怖くなって仕方なくクルマに乗りました……」

セクハラ
A子さんの告白に、その場は一気にざわめきます。

「え、ありえないんだけど」

「最低」

「あの人、既婚者だよね? なに考えてるの?」

と口々に話すみんなのなかで、中西さんは「もう限界だ」と思ったそうです。

◆ついに決意した、社長への直談判

いくら誘っても首を縦に振らないA子さんに業を煮やした課長が待ち伏せをしたのは明らかで、「こんなことが続けば食事では済まなくなる」と、中西さんは社長への告発を思いつきます。

A子さんに「うちの上司じゃ埒(らち)が明かないから、社長に直談判します。あなたも派遣会社の上司に相談してください」と告げ、その日の夕方、社長に面会をお願いしました。

男性社員
「俺が動いたことは○○課長にもうちの上司にもばれるだろうし、そのことで不利益なことがあるかも、とは思いました。

それでも、起こったことを抱えきれずにみんながいる場でつらさを吐き出したA子さんを見ていたら、動くしかないと。

こんなこと、あったらいけないんです」

そのときのことを思い出して強い口調でそう話す中西さんは、課長や上司への怒りを覚えたまま、これまでのことを全部社長に伝えたそうです。

◆すべてを知った社長は…

社長は「驚いた顔をしていたけど、最後まできちんと詳細を聞いてくれた」そうで、問題の課長に事実を確認すること、A子さんからも話を聞くことなどを約束してくれました。

次の日、A子さんから

「派遣会社の上司に話しました。

『これはセクハラ』とのことで、会社からもこちらにやめるようお願いをするそうです」

と報告を受けた中西さんは、「これで事態が動くだろう」とほっとします。

社長室
その日のうちに上司から呼ばれた中西さんは、例の課長がA子さんを無理やり食事に連れていったことは本当なのか確認され、「俺も総務から『契約内容に別の部署の仕事はない』と言われたぞ」と苦い顔で話されたそうです。

だから言ったのに、と中西さんは呆れますが、課長がA子さんとふたりきりで社外で会ったことを認め、「たまたま駐車場で一緒になったから」と言い訳するのを「用事があると言われたのにどうしてクルマに乗せたのか」と社長から詰められた話などを聞きました。

◆「あってはいけない」こととして

課長は中西さんの部署には出入り禁止となり、この日以降、姿を見ることは本当に少なくなったそうです。

「派遣の女性を無理やり食事に連れていったセクハラ親父」と社内で噂が流れ、「課長としての信頼はガタ落ちでしょうね」と中西さんは話していました。

A子さんについてはその後派遣会社から期間変更の申し入れがあり、元の契約よりだいぶ短くなったのは残念だけれど、それからはトラブルもなく順調に仕事をこなして終了となりました。

「俺も社長から呼ばれたのですが、『これはあってはいけないことだ』とはっきり言ってくれたのがうれしかったですね。

すぐに動いてくれてよかったと思うし、信じてもらえたのはA子さんの仕事ぶりが良く素晴らしい人間性だったのもあるはずです」

最後、笑顔でこう話す中西さんは、社長への告発に踏み切ったことを「間違いじゃなかった」と胸を張って口にしました。

―シリーズ「あなたの周りの“告発”」―

<文/ひろたかおり イラスト/とあるアラ子>

【ひろたかおり】

恋愛全般・不倫・モラハラ・離婚など男女のさまざまな愛の形を取材してきたライター。男性心理も得意。女性メディアにて多数のコラムを寄稿している。著書に『不倫の清算』(主婦の友社)がある。