元タレントの木下優樹菜さんが2022年7月25日、自身のYouTubeで発達障害の一種の「ADHD」であることをカミングアウトしました。
この動画は58万回再生(9月11日時点)と大変注目を浴び、「同じ障害をもっているから勇気づけられた」「障害をこれまで起こした騒動の免罪符にするな」など、賛否両論を巻き起こしています。◆動画内で名前の挙がったクリニックに疑問の声が
その一方で、木下さんが受診したクリニックや診断方法についても疑問の声があがっています。木下さんは動画内で、
「なんで優樹菜はそう(ADHD)だってわかったかっていうと、ブレインクリニックというクリニックに行ったんですよ。脳の周波を調べに。ちゃんと自分を知ろうと思って」
と話し、さらに検査結果の資料(頭部が色分けされた図)を見せながら、
「普通の34歳の女性はこれ、私はこれ。ぱっと見ですぐわかるでしょ。なんか全然違わない?(中略)(私は)この前頭葉ってところが働いていないの」
などと説明していました。
◆脳波検査でADHDを診断できるのか?
そもそもADHD(注意欠陥多動性障害)とは、「忘れ物が多い」「うっかりミスが多い」などの不注意性、「落ち着きがない」「思いついたことをすぐに行動にうつす」などの多動・衝動性といった脳の特性をもつ発達障害のことです。
筆者も発達障害の診断がおりていますが、脳波の検査は受けたことがありません。これは、いったいどういうことなのでしょうか。大人の発達障害の診療を行っている「メディカルケア大手町」の五十嵐良雄理事長に話を聞きました。
木下さんが検査をおこなった「医療法人社団紫穏会 ブレインクリニック」は2020年9月に設立されたクリニックで、新宿本院、東京院、大阪院、名古屋院があります。
公式サイトのトップには、「当院の特徴は、大規模標準データベースと比較し、客観的データで診断するQEEG検査と最先端の治療であるTMS治療を導入している点です」と記載があり、ADHD外来のページには、
「QEEG検査の結果を見ながら、医師による検査結果の見方の説明や追加の問診を行い、診断をします。 正常な脳とどこが違うのかを見比べつつ、ADHD、あるいはADHDグレーゾーンの診断を行います」
と明記されています。この「QEEG検査(定量的脳波検査)」でADHDがわかるというのは本当なのでしょうか。五十嵐先生は「わかるわけがない」と断言します。
「QEEG検査は脳波検査の一種です。脳波検査は主にてんかんの検査方法としては一般的ですが、ADHDかどうかわかるという医学的なエビデンスはありません。例えば、検査中に何か視覚的に気になるものがあれば視覚分野をつかさどる脳の部分が反応するので、その部分の色が変わるのは当然で、それは脳の特性を示すものではありません」(以下、五十嵐氏)
◆「1時間で帰れる」ADHDの検査方法に疑問
では、ADHDなどの発達障害を診断するにはどのような方法が一般的なのでしょうか。
「発達障害の検査は知能検査のWAISを始め、いくつもの検査や質問紙を組み合わせて行います。小さい頃からその傾向があることも重要ですので、親御さんからのお話を聞いたり、小中学生時代の通知表なども参考にしながら総合的に判断をし、診断をします。検査は医師ではなく臨床心理士や公認心理師が行いますが、最終的な診断は医師が行います。発達障害の診断にはかなりの時間と労力を要するのです」
ブレインクリニックのサイトではADHDの検査・診断を含む初診(問診、QEEG検査、診断、治療の説明)の所用時間として、「おおむね1時間程度でお帰りいただけます」と記載されています。
しかし筆者のケースでは、WAIS-Ⅲと呼ばれる知能検査の他にも3つほど心理検査を受け、1時間以上におよぶ聞き取りも行われました。特にWAIS-Ⅲは時間がかかるため、前半と後半で日程を分けて行いました。クリニックによっては、1日の中ですべて行うこともあるそうで、WAISの検査だけで4時間もかかったという話を当事者の方から聞いたことがあります。
ブレインクリニックでも、ADHD外来とは別の「知能検査(WAIS-Ⅳ/WISC-Ⅳ)外来」にてWAISを行っているようですが、「(知能検査の)結果をもとにQEEG検査や問診を行うことで、発達障害の確定診断が可能になります」とも記載されていました。
◆「薬を使わないTMS治療を最優先」をうたう
ブレインクリニックではADHDをはじめとした発達障害の治療として、主に「TMS治療」を行っています。TMS治療とは何なのでしょうか。
「TMS治療とは、簡単にいうと脳のある部位を微弱な電流で刺激する治療法です。メカニズムははっきりとわかっていないものの、重度のうつ病患者への一定の効果が認められていて、日本では2019年から保険診療に加わっています。
しかし、これはうつ病の治療として確立されているだけで、発達障害の治療法ではありません。もちろん発達障害に効果があるというエビデンスも存在しません」
◆発達障害の人に一番必要なのは「困りごとの解決」
発達障害の人は「遅刻癖がある」「マルチタスクが苦手」「集中力が続かない」など、生活や仕事が困難となるようなさまざまな“困りごと”を感じている人がほとんどです。
そのため五十嵐先生は「発達障害の治療では困りごとを解決することが一番重要」と話します。
「発達障害傾向のある人は、日常生活の中でさまざまな“困りごと”があって、それを解決したくてクリニックに行きます。診断がゴールではなく、困りごとを解決するために、診断をするのです。それから回数を重ね、解決策をじっくりと考えていきます。
発達障害の人たちは小さい頃から困りごとを抱えていて、周りから『普通にやりなさい』と言われてもその『普通』が分からない。必要に応じて薬物治療も行いますが、困りごとについて医師が謎解きをするのが、治療でもっとも重要なことだと思います」
しかし、困りごとの解決までしっかりと付き合ってくれる病院や医師を見つけるのはなかなか難しいといいます。
「サイトや口コミを見ただけで判断するのは難しいと思います。何度も通ってみて失敗だなと思うこともあるでしょう。『これがそろっていたら最良の医療機関です』とは言えるようなチェック項目は残念ながら、ないのです。
ただ、一番大切なのは、じっくりと話を聞いた上で診断してくれ、困りごとの相談にも親身になってのってくれること。大きなクリニックだと、医師が何人もいて、行くたびに違う医師にあたることがあります。カルテはあっても、すべてのやりとりが記入されているわけではないので、前回と症状が変化しているかどうかわかりづらい。できれば1人の医師が熱心に経過を追ってくれるようなクリニックがいいと思います」
◆短時間で収益を得られる診療内容
ブレインクリニックのQEEG検査は税込1万4300円、TMS治療は一番少ない8クールで税込15万5000円と、かなり高額です。来院から帰るまでの時間はサイトの記載があり、QEEG検査を行う初診が1時間ほど、TMS治療を行う再診は40分~1時間で帰ることができるといいます。
「発達障害の診断や治療をきちんと行おうとすると、心理士の人件費もかかれば、時間もかかります。経営者としての目線で言えば、もっとも重要である“困りごとの解決”は、それ自体はあまり収益にならないという現実もあります。そういった意味では、ブレインクリニックの診療内容は、効率よく収益を見込めるビジネスモデルだと考えることもできるかもしれません」
また、ブレインクリニックにはPMS(月経前症候群)の外来もありますが、PMSを改善するとされている低用量ピルの処方を行っていないこともサイトに明記されており、こちらも疑問を抱かざるをえません。
五十嵐先生に話を聞いた後、ブレインクリニックの問い合わせフォームに、検査や治療の実態やQEEG検査・TMS治療の発達障害に対するエビデンス等について質問を送りましたが、期日内に回答は得られませんでした。
<取材・文/姫野桂>
【姫野桂】
フリーライター。1987年生まれ。著書に『発達障害グレーゾーン』、『私たちは生きづらさを抱えている』、『「生きづらさ」解消ライフハック』がある。Twitter:@himeno_kei