双子ベビーカーによって、バス会社から「乗車拒否」という衝撃的な扱いを受けた秋澤春梨さん。すぐさま都バスを運営する東京交通局に意見メールを送ったが、まったく誠意の感じられない定型文が3週間後に返ってきただけだった。

秋澤さん提供写真
秋澤春梨さんと双子のお子さんたち(以下同じ)
「もうこの人たちには何を言っても無駄か……」。そんな諦めの境地に達したものの、それから1年後、子育て支援NPO法人・フローレンスが都バス乗車に関するアンケートを行っていることを知る。そこで自身も改めて声を上げることを決意したという。

◆状況が変わらないなら、もう腹をくくるしかない

──ご自身の経験談を提出したということですが、それはどういった思いからの行動だったのでしょうか?

秋澤春梨さん(以下、秋澤):結局、自分たちでアクションを起こさない限り、状況は何も変わらないんだと思い知らされたんです。私が乗車拒否されてから1年が経っていましたが、状況は何ひとつ変わっていない。「察してもらう」とか生ぬるい言葉は通用しない世界なんですよね。私が憤りを感じていたことを知っていた夫も「行っておいで」と背中を押してくれましたし、もう腹をくくるしかないと思いました。

──しかし都バス側の四角四面な対応を聞く限り、いくら話し合ってもラチが開かないのでは?

秋澤:そうなんですよ。だから東京都庁に出向き、最初は都民ファーストの会に陳情をすることになりまして。都バスを運営している東京都交通局は東京都の管轄なので、民間のバス会社とは勝手が違うところがあるんですよね。(公的機関や政治家などに実情を訴え、善処してくれるよう要請すること)

──なるほど。そういった事情もあるわけですか。

◆メディアに出て理解も得られたが、ネットで炎上も経験

秋澤:時系列で言うと、私が最初に乗車拒否されたのが2018年の5月。都民ファーストの会に訴えたのが'19年の9月。『スッキリ!』(日本テレビ系)やNHK、東京新聞、ウェブ系ニュースなどで取り上げられたのが'19年の10月以降。

 そこでは双子育児、多胎育児がいかに大変で、バスに乗れない現実があるのかをアピールしました。そして小池百合子都知事にお会いできたのが2020年の1月31日。思えば結構な長期戦でしたね。

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2020年におこなわれた、小池都知事との面会
──メディアに出たことで、世論の後押しもあったということになりますか。

秋澤:その通りなんですけど、一方でYahoo!のコメント欄などは厳しい意見も多くて……。「甘えるな」「引きこもっていろ」「引っ越せ」「おんぶ抱っこ(抱っこ紐を駆使し、前と後ろで同時に子どもを抱えるテクニック)すればいいだけの話」とか炎上して言われたい放題でした(苦笑)。

◆車椅子はOKで、双子用ベビーカーがNGなのはなぜ?

秋澤:私が怒りを覚えた理由のひとつとして、当時の都バスはキャンペーンで「1人乗りのベビーカーは畳まずに乗れます」と謳(うた)っていたんですよ。つまり「我々は子育て世代のこともちゃんと考えていますよ」と主張しておきながら、実際は当然のように乗車拒否してくる有様だったから、それはあんまりじゃないかと思ったんです。

ベビーカーを押す女性
写真はイメージです
──重量だけでいえば、たとえば車椅子だって相当な重さになるはずです。なぜ双子用ベビーカーだけが目の敵にされるんでしょうか?

秋澤:謎なんです。車椅子自体が15kgくらいだとして、そこに乗る成人男性の体重が70kgあるとしたら、車椅子はトータル85kgくらいになりますよね。一方、双子用ベビーカーは縦型と横型で重さはだいぶ違うんですけど、それでも10kgの子ども2人を乗せたところでトータル40kgいかない程度。ついでに言うと車椅子は規格によって手動は630mm以下、電動は700mm以下と決まっているのですが、大きく見える双子ベビーカーも実際は700mm程度の商品が多く、600mm台のものもあります。だから正直、そのへんは先方が双子ベビーカーを拒絶する根拠としては弱いんですよ。

◆小池都知事の前でベビーカーを畳む実演をしたら…

──小池都知事との対面は実際どんな感じで進みましたか?

秋澤:普段と違う環境だったせいか、連れていったうちの子どもがグズり始めましてね。だから慌ててタブレットを見せながら静かにさせようと思ったんですけど、小池都知事は「そうだよね~、怖いよね~」と優しく声をかけてくれました。

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──2人いると、相乗効果で騒ぎ出して収集がつかなくなることも多いですからね。

秋澤:予定では、その場で「子ども2人をおんぶ抱っこしながらベビーカーを畳む」実演をするつもりだったんですよ。だけど私も小池都知事に会うということで慣れないヒールを履いたことが災いし、14kgのベビーカーを畳もうとした時点でよろめいてしまったんですね(笑)。フローレンスのスタッフさんが「この状態で、さらに子どもたち2人を抱えて荷物を持つこともあるんですよ」と補足説明してくれまして。小池都知事も心配そうな表情をされていましたね。

◆小池都知事が東京交通局へ「早急に対応して!」

秋澤:そこからは話が早かったです。小池都知事が交通局の方に向かって「早急に対応して!」と伝え、実際、2ヶ月ほどで事態はみるみる改善しましたから。

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 その後、一部路線での試行などの段階を経て、都営バスのルールは変わった。全ての路線で、混雑時などをのぞき、1人乗りベビーカーだけでなく2人乗りベビーカーも折りたたまず乗車できるようになったのだ。

 現在、秋澤さんは家族でシンガポールに居住している。現地では日本と比べてあまりに先進的な育児環境に目を丸くする機会も多いという。まだまだ子育ては一段落とは言えない段階ではあるものの、多胎(双子や三つ子など)育児に際するアドバイスやメッセージを、近日公開の記事後編で残してくれた。

参考:東京交通局「都営バス ベビーカー安全ご利用ガイド」

【秋澤春梨さん】

2019年秋より「多胎育児のサポートを考える会」に参加。双子用のベビーカー問題をはじめとする双子・多胎育児をめぐる制限について、数々のメディアに取材協力。2020年には小池百合子東京都知事との面会に多胎児家庭の当事者として参加。2020年5月、中央区・江東区双子サークル「リバーサイドツインズ」を立ち上げる。

<取材・文/小野田衛>

【小野田衛】

出版社勤務を経て、フリーのライター/編集者に。エンタメ誌、週刊誌、女性誌、各種Web媒体などで執筆をおこなう。芸能を中心に、貧困や社会問題などの取材も得意としている。著書に『韓流エンタメ日本侵攻戦略』(扶桑社新書)、『アイドルに捧げた青春 アップアップガールズ(仮)の真実』(竹書房)。双子(娘+娘/二卵性)の父でもある。