2021年9月末、多くの人に惜しまれながら閉店した『カフェロッタ』。フランスやイギリスのアンティークとおいしいカフェメニュー、そしてオーナーの桜井かおりさんの明るい笑顔で、松陰神社の街を彩っていました。
桜井さんは店を畳んだのち、書籍『愛してやまないカフェロッタのことと、わたしのこと』を出版。名前の通り愛してやまないカフェロッタを閉めてから、桜井さんはどんな暮らしを送っているのでしょうか?そして、桜井さんが大好きなパリについても伺いました。60歳を前に、桜井さんが軽やかに人生を楽しんでいる秘密がぎっしりと詰まっています!
文筆家・カフェアドバイザー 桜井かおり
東京・代官山『クリスマスカンパニー』にアルバイトとして勤務した後、系列店のテディベア専門店『CUDDLYBROWN』で店長を務める。2001年3月、東京・松陰神社前商店街に『カフェロッタ』をオープン。心のこもった接客に、全国からお客様が来店するほどの人気店に。『カフェロッタ』は2021年9月末に建物老朽化のため、惜しまれつつ閉店。現在は、文筆業を中心に活躍中。『カフェロッタのことと、わたしのこと』(旭屋出版)『愛してやまないカフェロッタのことと、わたしのこと』(旭屋出版)が好評発売中。
愛してやまない『カフェロッタ』を離れて
―『カフェロッタ』が閉店してから、約10ヶ月が経ちました。今はどんなお気持ちで過ごしていますか?
桜井さん(以下、敬称略):生き急いでいるってわけじゃないけど、今までできなかったことをやろうって気持ちが強いかな。20年間、ずーっとお店に立っていたから、みんなと同じ時間にビールを飲みにいけなかったり、土日のイベントに参加できなかったり。パリも1年に一度は行けていたけど、長くても4泊が限界でした。店を閉めてからは10日間も滞在できて、「ああ、幸せだな」って感じるんです。
―20年間営業していたお店を閉じることは、すごく大きな変化ですよね。
桜井:お客さんの笑顔を見るためにずっと走ってきて、16年目のときに一人営業に変えてお客さんが入れる人数も減らしました。さすがにこのままのペースで続けていたら体調を崩すし、自分を犠牲にしちゃっている、危機感を感じたんですよね。体制を変えて「ここから再スタートだ!」と気持ちも昂っていたところに、大家さんから建物の取り壊しの連絡が入ったんです。
―まったく予想していなかった?
桜井:もう、びっくりでした!でも、最後の4年間は本当に楽しかった。気持ちの整理をしながらお客さんにもゆっくり挨拶をして、ベストな仕舞い方ができたと思います。今でも「またお店やってください!」と言ってくれる方がたくさんいるんですけど、99.9%ないですね(笑)。だって、カフェロッタを超えられるお店なんてもう作れないじゃない?『愛してやまないカフェロッタ』という本のタイトルが、私の気持ちのすべてです。
「家事は一切しない」二拠点目はあえて不便に
―現在、東京と金沢の二拠点生活をされています。どれくらいの頻度で金沢に行っていますか?
桜井:月に一度は金沢のアトリエに行きます。『カフェロッタ』を閉じてから、ずっと家の中で原稿を書いているのも息が詰まりそうだったので、日常から離れられる場所を見つけたいと思っていました。最初は東京で探すつもりだったんだけど、金沢で暮らしている息子がいい物件を見つけてくれて、しかも家賃は東京の3分の1!何度か訪れるうちに、近くにきれいな川が流れていたり、こだわりのある個人店が多いことがわかって、金沢にどんどんハマっていきました。
―二拠点生活の心地よさはどのようなところにありますか?
桜井:『カフェロッタ』を閉めて家にいる時間が増えると、なんだかずっと家事や家族のことから離れられなくなっちゃって…。
だから、金沢では「家事を一切しない」と決めているんです。調理道具があると料理をしちゃうので、ビールを冷やすための小さな冷蔵庫とチーズを切れるくらいの包丁とまな板しか置かないようにしています。洗濯機もなし。タオルもシーツも毎回東京に持ち帰っています。
―家事をしないために、あえて不便に?
桜井:そうそう!便利すぎるとずっと金沢にいちゃうと思うんです。不便だからこそ数日したら東京の家に帰りたくなるし、東京にいると金沢に行くのがすごく楽しみになる。どちらの生活も違った意味で特別になるように、あえて金沢では不便さをキープしています。
憧れはいつも、赤いマニキュアを塗ったパリのマダム
―パリには年に一度訪れるそうですね。書籍にも「憧れはパリのマダム」と書かれていました。
桜井:なんでこんなにパリに行くんだろうって考えてみると、パリのマダムを眺めて元気をもらいに行っているんだと気がつきました。日本のおばあさんは、なんとなくみんな同じ雰囲気で、枠から飛び出しちゃいけないイメージがありました。でも、パリのマダムは個性的でカラフルな服装をしているし、みんな赤いマニキュアを塗っていて素敵!カフェではテラス席で堂々とくつろいでいて、私もそんな風に年を重ねたいと思うんです。
―印象に残っているマダムとのエピソードはありますか?
桜井:本にも書きましたが、宿泊先のマダムは本当に素敵でした。朝からクロワッサン抱えて来て、それを朝ごはんとして日差しがたっぷり差し込む部屋で食べる。「この人楽しそうだなあ」って、表情と暮らしぶりに滲み出ちゃっているんです。そういうマダムを見ていると、歳を重ねるのって悪くない、むしろ60代が楽しみだって思えるんです。
―どうしてマダムは堂々としているように映るのでしょうか?
桜井:やっぱりいろんな経験を重ねたことで、自分に自信があるんじゃないかなぁ。私は今も20代の若い人たちからお悩み相談を受けたりするんですけど、みんななんだか苦しそう。私は今58歳ですが、あのモヤモヤしていた20代に戻りたいと思わないし、30代も子育てでほとんど記憶がない(笑)。40代くらいから自分の時間を取り戻せて、50代は「私、年を重ねたんだな」とやっと実感できる。いい意味でね。そうなってくると、やっぱり60代はもっと楽しくなるんじゃないかって楽しみになるんです。
人から見たら「失敗」でも、私にとってはそれが正解
―「どうせやるからには何事も楽しむ!」。桜井さんが持っているこのマインドはどのような経験から?
桜井:特にそう感じるようになったのは50歳くらいからかな。もともと幸せの沸点がすごく低くて、スズメの鳴き声を聞いたらハッピーだし、夕方6時までのハッピーアワーで200円でビールが飲めたら最高に幸せ。でも、50歳をすぎて「残り元気に過ごせる時間って限られているよな」と思うと、「やりたくない仕事をやっている場合じゃない。心躍ることに貪欲に生きよう!」って気持ちが増した気がします。
『カフェロッタ』を閉めるのも自分から望んだことではなかったけど、振り返ると1番ベストな閉め方だったと思います。経営が上手だったと思ったこともないし、お金がいっぱいあったわけでもないけど、いつも自分がやってきたことは「あれがベストだった」と思います。人から見たら「失敗」に映っていたとしても、私にとってはそれが大正解なんです。
―そう感じられるのは、やっぱり年を重ねることで身についてきた自信があるからなのでしょうか?
桜井:そうかもしれないですね。どんな形であれ20年間、お店を潰さずいい形で終われたことが私の誇りだし、だからこそ、これからのことも「絶対大丈夫でしょ」と思える。フリーランスになったのも、二拠点生活も、初めてのことばかりだけど、知らないことだらけって楽しい!先日イベントで何十人もの人の前でお話したのですが、「こんな新しいことをやったんだよ。今すごい幸せだよ〜」と両親に報告しました。そうやって今でも親に報告できることも幸せだし、そしてその「幸せ」をいちいち心の中で思ったり、周りに伝えたりするようにしていますね。
―年齢を重ねて幸せそうな桜井さんを見ていると、私たちも元気になります。
桜井:失敗するのが怖いって思う若い子も多いと思うけど、「絶対大丈夫。これからもっと楽しくなるよ」と言ってくれる人生の先輩が近くにいるといいかもしれないね。私にとってはパリのマダムがそんな存在ですし、私も誰かにとってそういう存在になれたらいいなって思います。
大きな転換点を迎えても、次のステップへ軽やかに歩む桜井さん。「60代はもっと忙しかったらいいなぁ」とつぶやく姿は、見落としがちな小さなしあわせを思い出させてくれました。うだるような暑い季節に発見する植物も、仕事終わりのビール一杯も、私たちの1日をとっておきなものにしてくれる存在なのかもしれません。
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